第2234話「束の間の平和」
『なぜ吾輩まで一緒に叱責を受けなければならないのだ……』
「すまんすまん。ラクトもちょっとテンション上がっちまったみたいだ」
『笑っている場合かね!』
"司祭のコシュア=ユラ"は喋らないが、無言で睨まれることは存外に精神的な辛さがある。巻き添えを喰らってしまったエゥリエスに謝罪しつつ、俺は痺れる足を馴染ませていく。長時間正座していると血流が悪くなって痺れてくるのも、有機外装特有の現象だろうか。
「で、色々集めないといけなくなっちゃったわけだね」
『誰のせいだと思っておるのだ!』
コシュア=ユラに無言の説教を受けた後、俺たちは破壊された壁を補修するための材料を集めよとの指示を受けた。コシュア=ユラからエゥリエスに命じられ、彼女から特別任務という形でこっちに流されてきた。
まさか、初めてのカルフォンの使用が、エゥリエスからの壁面修繕任務の受注になるとは思いもしなかった。
「とにかく、まずは〈妖精の楽園〉に行けばいいんだな」
『そういうことだ。早くするのだよ!』
エゥリエスに急かされるまま、俺たちは〈白き深淵の神殿〉を後にする。向かう先は〈エウルブギュギュアの献花台〉。その第五階層、地上街に現れた古エルフ族の町〈妖精の楽園〉である。
儀式の間で転生を行い魔術師となった調査開拓員は、その後のエゥリエスの導きによって第一歩を踏み出すことになる。少々イレギュラーな形で壁を破壊してしまったラクトにも、その案内が用意されていたというわけだ。
「〈妖精の楽園〉で集めるのは、"深紅の燃眼"か。なんか急にファンタジックなものが出てきたね」
「魔術師になると、そういうものが多くなるみたいだな。そもそもが魔術やら何やらとテイストが随分変わったわけだしな」
カルフォンの画面を見ていたラクトが、どことなく浮ついた様子で身体を揺らす。なんだかんだ、彼女もそういったものが大好物ということだ。
〈妖精の楽園〉で"深紅の燃眼"を集め、〈人魚の庭園〉で"紺碧の泡雫"を手に入れ、〈宝石の王国〉で"黒の月鋼"を手に入れる。それら三つをどうにかこうにか組み合わせれば、〈白き深淵の神殿〉の壁を直すことができるという。
「とりあえず現地に着いたら、レアティーズたちに聞いてみるか。何かしら分かるだろ」
今の時点ではどういった代物なのか想像もつかない。壁破壊ルートでエゥリエスから壁面補修の特別任務を受けたのも俺たちが初めてのようで、 wikiや掲示板にも情報は載っていなかった。しかし、エルフたちに話を聞けば、何か手がかりはあるはずだ。
そんなわけで俺たちは、楽観的な気持ちのまま白い塔へと向かうのだった。
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『なるほど……糖度48。見た目の割に甘くないようですね』
『What’s up? ウェイド、いったい何をしているんです?』
海洋資源採集拠点シード01-ワダツミ。管理者たちが交代で勤務する交流カフェ〈シスターズ〉のカウンターから身を乗り出したワダツミが、テーブルに向かって唸るウェイドに声をかける。メイド服姿で銀髪をヘッドドレスで飾る少女は、すっきりとした真面目な表情のまま手に持っていた小型端末を
掲げる。
『最近、巷で流行っているんですよ。どこぞのバカがアホなことをしでかしたせいで、魔術という新たな概念がぶち込まれやがりましたからね。その対応として有機外装体となった調査開拓員でもツクヨミ・ネットワークにアクセスできる端末が各所で様々作られるようになったんです』
『Wao! なるほど、Magical Phoneですね?』
マジカルフォン、通称カルフォンについては当然のことながらワダツミも承知している。とはいえ前提として有機外装体となった調査開拓員が使用するもので、機械人形――特に管理者にとっては無用の長物に等しい。そう思って特に注意も払っていなかった。
ウェイドの手に握られているのは、純白の滑らかなシルエットのカルフォンであった。
『砂糖を主原料とする特殊強化プラスチック繊維製で、ハードな使用にも耐えるタフネスを兼ね備えたフィールド仕様だとか』
聞かされたセールストークをそのまま繰り返すウェイド。ワダツミも物珍しげにそれを受け取り、矯めつ眇めつしげしげと眺める。見た目は何の変哲もない携帯機器であり、カメラ機能などもあるようだが、やはり面白みはない。
『これで何か面白いことが?』
『ふふん。実はこれ、糖度を測定することができるんですよ!』
取り返したシュガフォンを印籠のように掲げるウェイド。彼女も購入したわけではなく、先ほどまでの〈シスターズ〉での勤務中にファンの一人から贈られたものだった。
カルフォンに独特の機能が搭載されることもあるのだ、と簡単な説明を受けたワダツミは眉を寄せる。カメラとセンサー類を使えば実装は可能かもしれないが、実用性については想像がつかなかった。
『たとえばこの、ウェイド特性カフェラッテにかざしてみると……』
興味を示した後輩に、ウェイドは自慢げに実演してみせる。テーブルの上に置かれたカフェラテに向かってカメラを向ければ、自動的に糖度の測定が行われる。画面上には、48という数字が表示された。
『糖度48って、本当に合ってますか? そのカフェラテはもっと甘いと思いますが』
糖度20程度であれば、一般的なフルーツ程度の甘さである。その倍以上の甘さという時点でカフェラテの概念が揺らぐ程度には甘いのだが、もはやそのことを指摘する者など皆無である。
その上で、そんなはずはないと測定結果に疑念を呈するワダツミと、それに胸を張るウェイドであった。
『おそらく精度はそれなりに信頼できるでしょう。48npw程度はあるでしょうから』
『……単位が通常の糖度とまるで違うじゃないですか』
npw、つまりはウェイドがレッジに命じて行われた品種改良で作られた極甘の砂糖、ネオピュアホワイト。その48倍の甘さのカフェラテである。たしかにそれくらいはあるのだろう、とワダツミも納得すると同時に呆れ果てる。
そもそもネオピュアホワイトの前世代であるところのピュアホワイト自体、普通の砂糖を遥かに凌駕する甘さであり、NPWはその2500倍である。それが最小単位となりつつ、今ではその数千倍という甘ささえスタンダードになりつつある。
あまりにも甘すぎるカフェラテは、注文した客の八尺瓊勾玉を溶かすほどとも言われているのだ。
『まあ、私レベルになれば色や匂いで大体の甘さは判別できますし、舐めれば一発なのですが』
『管理者機体とはいえ、味覚センサまで破壊されないわけではないですよ?』
どこか勝ち誇ったようなウェイドに、もはや処置なしと肩をすくめるワダツミであった。
当の本人はそんな反応も意に介さず、楽しげに他の商品にもかざしてみては、糖度を調べて楽しんでいた。
『humm……。そんなことをしている暇があるんですか? レッジさんが活動を開始したというアラートもありましたが』
重要監視対象に指定されているレッジがログインすると、自動的に全管理者に通知が向かう。特にウェイドはそれを注視しなければならない役回りであるはずだった。
だが彼女は澄ました顔で、
『今はいいのですよ。あれは有機外装で魔術師。つまりはエゥリエスが世話役です』
むしろ束の間の平和を楽しむのだ、とばかりに浮き足立っている。
そう上手く事は運ぶものなのか、とワダツミは物憂げに天を仰ぐ。エゥリエスからレッジとラクトが神殿の壁をぶち抜いたという通報があったのは、その3秒後のことであった。
Tips
◇ウェイド特製カフェラッテ
〈シスターズ〉でウェイド勤務時のみ提供される特別メニュー。砂糖をたくさん溶かし込んだカフェラテはもはや暴力的な甘さで、強制的に意識を覚醒させた直後に成層圏すら突破するレベルの血糖値スパイクでブルーブラッドを沸騰させ、血管をズタズタに引き裂く。
アップデートセンター、機械人形整備部門から禁忌劇薬指定の申請がなされているが、管理者による合議が通らず未定となっている。
"むしろこれをブルーブラッドの代わりにできませんか?"――管理者ウェイド
"支離滅裂な文章です。"――機械人形整備部門整備士長
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