第2233話「冷たい爆弾」
絹を割くような甲高い音が〈白き深淵の神殿〉に響き渡る。ラクトの周囲には水の精霊――ウンディーネたちが大挙して押し寄せ、彼女から漏れ出す魔力に喰らいつく。
魔力とは思念伝達の媒介であり、精霊たちを染め上げる色素だ。そこに言葉という情報集合概念を含ませることで、魔法へとアクセスする。この情報伝達、投射のプロトコルを明確化したものこそ、魔術なのだ。
「凝集する結晶。それは触れるもの全てを凍らせる鋭利の爪。光放つ冷気は広がり、絡まり、爆縮する。根を伸ばし、食い込み、凍りつけ。――"冷たい爪の爆弾"ッ!」
キキキ――とガラスに針を滑らせるような音と共に、ラクトの手のひらに小さな氷が生み出される。それは中心から放射状に鋭い氷の棘が広がる、ウニのような見た目をしている。白い冷気を纏いながら加速再生したかのように氷の針を伸ばしていく。
彼女は狙いを前方の壁に定めて、それを投げつけた。
「とりゃあっ!」
魔術師に転生したことにより、スキルシステムの庇護を失った。だが、悪いことばかりではない。ラクトは〈投擲〉スキルがなくとも、しっかりと物を投げつけられると証明した。
真っ直ぐに飛んだ棘だらけの氷玉が、そのまま壁に突き刺さる。このための棘だ。
より正確に言えば、その棘は壁に当たる直前に発生した白い魔法陣によって阻まれる。魔力を溶かし、魔術を砕く鉄壁の防御魔法。そこに、針が突き刺さる。
「ここからが、本番だな」
固唾を飲んで見守る俺とエゥリエス。
彼女は試行錯誤を繰り返し、この形へと辿り着いた。針をそのまま投げるのでは、狙いがブレる。球体では、接地面が大きすぎる。
検証の過程で判明したのは、白い魔法陣が触れた場所から魔力融解が始まるということ。そのため、ラクトは極限まで接地面を削減するために鋭利な針の形を採用した。
そしてその針は、成長する。
キキキ
氷が割れる音が聞こえる。
魔力融解が即座に進行している。だが、それと同じように、針は次々と分化し、枝分かれしながら進展する。
触れた点ごとに魔力融解は発動するが、削れたところから新たな針が次々と出てくるのだ。
魔力融解は瞬間的に始まるが、そこには接触と判定のごく僅かなタイムラグが存在する。0.0001秒にも満たない刹那だが、ラクトはそこに目をつけた。
次々と成長する無数の針が、触れるたびに溶けていく。その接触は、針の伸びる速度と球面故の距離の変化によって、微妙に変化する。更に溶けると同時に生まれる針が、そのラグをより多彩かつ細分化していく。
『ま、まずい――!』
エゥリエスがかっと目を見開く。
これまでの実験と検証に、およそ3時間ほど。魔力回復のための休憩を挟みながらののんびりとしたもの。だから、彼女もすっかり慢心していた。
結局、この鉄壁を破ることなどできないだろう、と。
「まあ、座ってればいいさ」
猫を持ち上げて、抱える。
せっかく面白いものが見れるのだから、邪魔しちゃ悪い。
成長し、溶け、また伸びる。
無数の氷の棘が、次々と。ラグを増幅させ。ていく。
キ
キ キ
キ
キキ キ キ
キ キ キ
キ
そして、
「抜けたっ!」
針の一本が、魔法陣の薄い一枚を貫いた。即座にそれは溶けるが、針先はすでに判定の範囲を脱している。その小さなかけらが、石室の壁に触れる。
「根付け、根付け――ッ!」
ラクトも祈るしかない。
無数のシミュレーションの偶然に賭けることしかできないのだ。
そして、彼女の祈りは届く。
氷の小さな針先が、壁に触れる。そこから再び針の枝分かれと成長が始まり、ごく僅かな表面の凹凸に引っかかる。それは食い込み、固定し、育ち、更に強固に密着していく。
『や、やめろぉおおっ! おわりっ! もうおわりっ!』
エゥリエスの悲鳴。ブンブンと揺れる尻尾が俺の顎をベシベシ叩いてくるが、我慢して耐える。
氷の針は壁に食い込み、内部で広がり、侵食していく。まるで、植物の根が岩を抉るように。
そして――。
「いけえええっ!」
轟音が響き渡る。
ガラガラと崩れる、無情の壁。
歓喜と悲鳴が沸き上がり、振り返ったラクトは俺の胸へと飛び込んでくる。間に挟まれた猫が『ぶにゃっ!』と悲鳴をあげた。
俺たちは手を取り合って喜びを分かち合う。長い戦いが、ここに完結した。偉大なる成果だ。そして魔術の可能性を示したのだ。
そして、
『…………』
壁の向こう。本来ならば海水が怒濤の勢いで流れ込んでくるのだろうが、それは見えない力で押し留められている。その暗い水の奥からこちらを睨みつけてくる白いサメがいた。
俺とラクトは流れるような所作で膝を揃え、"祭祀のコシュア=ユラ"に向けて平身低頭の謝罪を示すのだった。
Tips
◇"冷たい爪の爆弾"
無数の棘を持つ氷玉を生み出す魔術。棘は絶えず成長し続け、触れたものを凍らせ、より深く食い込んでいく。その過程で次々と枝分かれし、内部を侵蝕する。
"なんか、ドイツ語にした方が威力が上がるみたい"――ラクト
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