第2231話「凍りつく瞳」
鋼が溶け、神経が編み上げられていく。石室のなかは精霊たちで満ち満ちて、彼らは一斉に世界を書き換えていく。そこに存在するだけだった"供物"を元に、それを積み上げ、パズルを組み立てていくように、新たな肉体を生み出す。
入れ物が作られ、元の容器は破壊される。流れだしたものは、水が上から下へと向かうように、そちらへと移ろっていく。
『目覚めたまえ、新たなる命を得た者よ』
澄ました顔のエゥリエス。彼女が軽く尻尾で石畳を叩くと、ラクトははっと目を覚ます。大きく胸を膨らませ、筋肉を動かし、肺に空気を流し込む。吐き出し、吸い込み、また吐き出す。
彼女の胸元で心臓が動き始め、その目に光が宿った。
「これが……有機外装……」
自分の手を見つめながら、ラクトはしみじみと呟く。
見た目はそう変わらない。水色の透き通るような髪に、130cm程度の小柄で細い体つき。その瞳も、知性を感じさせる涼やかな青だ。だが、それまで着込んでいたローブは機体と共に崩れ、今の彼女はエゥリエスがサービスで付けている簡素な麻服に変わっている。
見るからに駆け出し、初心者といった様子の無垢な姿である。
「なんか、身体が重いね」
「機械人形とは耐久力もまるで違うからな。慣れないうちはすぐ疲れるし、動きも鈍いぞ」
俺はその状態でレティと戦うことになったのだ。あれでよく一方的にやられなかったと自分を褒めてやりたい。
機械人形から有機外装への転生では、スキルは一切引き継がない。とはいえ、ある程度は自身の"癖"のようなものが反映されるようで、戦士職ならばガタイが良くなるし、ラクトのような機術師ならば魔力が高めになっているらしい。
『というわけで、おめでとう。君は晴れて魔術師として新たな門出を迎えたわけだ』
ラクトの足元までやってきたエゥリエスがにゃーんと笑う。
『解答は強制ではないが、ひとつ問いたい。君は、どのような魔術を志すつもりかね?』
これは、この先の行動指針となるものだ。ラクトの返答によって、エゥリエスがおおよその案内をしてくれる。
「そうだね。……世界を凍り付かせる、最強の魔術師になりたいかな」
『なるほど。それはまた、素晴らしい!』
ならば、と彼女は尻尾を持ち上げる。
『水を統べる魔術を研鑽したいというのなら、人魚たちの庭園に向かうと――』
「いや、違うよ」
『ふにゃん?』
水属性、もしくは風属性の魔術の初歩は〈人魚の庭園〉で教わることができる。氷属性というのも、水属性の範疇だ。だからこそエゥリエスはそちらを指し示したのだろうが、ラクトは真顔でそれを封じる。
「水なんて軟弱だと思わない? わたしが極めるのはひたすら冷たくて硬い、氷だよ」
『う、うむ。だから、まずは〈人魚の庭園〉でアクアバレットのような――』
「水属性と、氷属性は違うんだよ。液体と固体がおんなじだと思ってる? 君、研究者だよね?」
『にゃうん』
ラクトも普段はいたって冷静沈着で頼れる存在なのだが、こと氷属性にまつわることとなると頑固になる。そもそもが水属性アーツのチップを全て捨てて、氷だけに特化している独特なプレイスタイルだ。それでよく戦闘を成り立たせていると感心するくらい、実のところかなり奇妙なスタイルである。
なにせ、水属性も使えた方が、当然汎用性は高まるはずなのだから。
しかし彼女は頑なだ。
あまりにも純然たる意志に、猫の方が気圧されている。すりすりと肉球で後ずさるが、すぐに壁へと追い詰められる。観測されている状況では、猫も逃げられない。
「氷属性の魔術、あるよね?」
『研鑽を積めば……』
「いま、あるよね」
『……にゃう』
手を突き出すラクト。
彼女の深淵を写すような目に、管理者が白旗を上げた。
Tips
◇氷属性
水属性から派生し、物理的攻撃属性を持つに至った属性。固体操作は流体操作とはまた異なる理論が存在し、その習熟にはいっそうの研鑽が必要となる。
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