神の子孫と村人達
(神様は願いを叶えてくれるのかしら)
百合は山を下りながら先程の神様との会話を思い出していた。
(神様が本当に神様であれば良いのに)
百合は神様など信じていなかった。先程の神様と同じで願えば叶えてくれる都合の良い存在なんて居る訳ないと思っていた。
今でもそう思っている。けれど。
(あの人が竜人様でも私の願いを叶えてくれるというのなら、私にとっては神様だわ)
百合にはずっと持っていた願いがあった。でも、そんなもの誰も叶えてなんてくれないと思っていた。だから、ずっと胸のうちにしまっていたのだ。思うだけ無駄だと。
「百合様」
名前を呼ばれて百合は顔を上げた。そこには村人が居た。どうやら考え事をしているうちに山を下りきっていたらしい。
「お帰りなさい、百合様。狸は元気になりましたか?」
「……ええ。だいぶ良くなっているわ」
百合は村人達には狸を山で治療していると嘘をついていた。
何故村に連れてこないのか、何故握り飯など毎回持っていくのか。怪しすぎる言い訳であり、彼らは怪しんではいるだろう。何度も詮索はされたが、彼らは山へは入れない。百合の言葉を受け入れるしかないのだ。
(神様が山に居ると言えばさすがに皆立ち入りはするのだろうけど)
彼らは神様を深く信仰している。神様を見れば甲斐甲斐しく世話をするはずだ。だが、だからこそ言う訳にはいかなかった。
「ねえ、そう言えば……」
はぐらかすために百合は違う話題を振った。どうせ、皆には何か隠していることはバレているのだ。ならば、いっそ知らんぷりをするしかない。
その意図は感じているのだろうが村人もその話に乗ってくれる。彼らは基本的に百合に優しくて甘いのだ。
「おや、百合様お帰りなさい」
「あ!百合様だ!」
話しているうちに村人が集まって来た。大人達からは村の畑の話を、子供達からは遊びやお手伝いの話を聞く。
それを百合は笑顔で聞いては相槌を打っていった。
村では子供から大人までが働いている。畑を耕したり、家事をしたり。百合だけが特別で何もしなくても良い。何もしなくても疎まれることはない。何故なら百合はこの村を守る神の子孫だからだ。
百合は特別な存在だった。今も昔も、そしてこれからもおそらくずっと。
「……あら、もうこんな時間」
空は橙色に色づき始めていた。入れ替わる村人達の話を次から次へと聞いているうちに大分時間が経っていたらしい。
「そろそろ帰るわ。それじゃあ、また明日ね」
百合が手を振れば、皆笑顔で手を振り返してくれる。百合は笑顔で帰路についた。
百合が暮らしているのは村の長の暮らす家だ。百合は長の家庭から生まれた訳ではないけれど、神の子孫である者は生まれたその時からここで暮らすこととなっているのだ。
本当の親も兄弟も居るには居るけれど、彼らは他の村人達と同じように百合に接する。
彼らにとって百合は親族ではなく、あくまで神の子孫であるから。
「百合様」
「あら、早苗」
家に帰れば現在の長を勤める者の母親がそこに居た。先代の長が死んでから長の次に権力を持つ彼女も、百合のことを村人と同じように扱う。ただ、皆と違うことと言えば、百合の世話をしてきたのは彼女故に小言が多いことくらいだ。
「何を飼っているのか知りませんが立場を忘れてはいけませんよ」
「何って、だから言っているでしょう。狸を世話しているのよ」
「そうですか、狸ですか。……知りませんでした。狸は握り飯を好んで食べるのですね」
「ええ、そうよ。私の見つけた狸はとても変わり者なの」
にっこりと笑顔で返せば厳しかった顔がさらにその厳しさを増した。
「狸でもなんでも良いですが、この早苗をそして村の者達を最後までがっかりさせるようなことだけはしないでくださいまし」
「……気を付けるわ」
百合は早苗に背を向けて歩き出した。早苗は止めることはしなかった。
百合は与えられた自室に入り、戸を閉める。昔は物で溢れかえっていた自室も今は驚く程に簡素だ。
百合は早苗の言葉を思い出していた。
「……最後まで、ね」
その静かな百合の言葉は赤く染まった部屋で静かに響き、そして消えた。




