神様との仮初めの日常
百合は次の日も神様の元へと通った。
神様はお決まりの「また来たのか」と言う言葉を口にしたけれど、本心でないことはわかっている。
神様の怪我の治りは本当に早い。明日完治していても驚かないほどだ。竜人は本当に頑丈らしい。
神様がだいぶ回復しているため百合は遠慮せずに神様とお喋りをすることにした。
「神様はどこに住んでいるんですか?」
「北の方の島で竜人だけで暮らしている」
「島、ですか。じゃあ海が近いんですね」
「ああ、そうだな」
海。百合はこの村で生まれ育っているため海と言うものを見たことがない。沢山の水が彼方まで続いていると知識では知っていても、それがどのような光景なのか全く想像もできなかった。
「海……。見てみたいものですね」
この村で生まれた者のほとんどは海を見ないで死ぬ。そもそも閉鎖的で、他の村とあまり交流も持たない村なのだ。出てくものも居なければ入ってくる者もほとんどいない。
「そんなに楽しいものでもない。ただ、水があるだけだ」
「見慣れている方にはそうなのでしょうけど」
見たことのないものなのだから憧れてしまうのも仕方がないだろう。百合は苦笑しながらそう言うと「……なら」と神様が言った。
「今度俺が見せてやっても良い」
「……え?」
その言葉に百合は目を丸くして神様を見た。すると神様の視線は百合からだいぶ外れ耳は赤くなっている。
思わず百合は笑いそうになった。
(神様ってとても照れ屋さんなのね)
ぶっきらぼうに見えて優しくてそして照れ屋だ。可愛い、と思ってしまうのは失礼だろうか?
百合はなんとか笑いを抑えて言った。
「期待しないで待ってますね」
「なっ!」
そう言うと神様は驚いたような顔をして、すぐに不機嫌そうな顔になった。
「なんだそれは。俺が約束を違えるとでも?お前一人くらい竜体になればお前を背に乗せて簡単には連れて行ける」
「でも神様初めて会った時に触るなって仰ってたじゃありませんか。乗っても良いんですか?」
「……別に今は良い」
悪戯気にそう言えば、神様はまた目を逸らしてしまった。
クスリとバレないように百合は笑う。そして思った。
(海、ね)
神様の背中に乗せてもらって見る海。きっととても楽しいことだろう。
だって今神様と話すだけで楽しいのだ。それを彼の背に乗せてもらって、空を飛んで、海まで見せてもらえる。楽しくないはずがない。
(でも)
「やっぱり期待しないで待っておきますね」
「だから何でだ!」
神様の不機嫌な声に百合は笑う。
「本当に神様は面白い方ですね。こんなに笑ったのは姉が居た頃以来です」
「……姉?お前には姉が居るのか?」
「ええ。いましたよ。と言っても本当の姉ではないのですけど」
百合には姉が居た。姉と言っても血の繋がりはない。いや、あるのかもしれないが定かではないくらいに血の繋がりは薄い。
「姉もまた神様の子孫と言われていたんです」
十以上も上の姉。よく百合の世話を見てくれ、可愛がってくれた。
百合はそんな姉が大好きだった。……もう、会えはしないけれど。
「優しくて美人でとても素敵な人でした。姉は今でも私の憧れの人です」
「……」
話の流れから姉がもう居ないことが神様に伝わってしまったのだろう。なんだか空気が重くなってしまった気がする。
百合は誤魔化すように笑うと、それでと口を開いた。
「神様にもいらっしゃるんですか?兄弟とか」
「……まあ、居るな。だが、竜人にとっては血の繋がりはあまり関係ない。群に居るのが仲間であり、家族だ。そう考えると俺には姉も兄も妹も弟も沢山居ることになるな」
「まあ、そうなんですね」
そう語った神様の顔は誇らしげでそしてどこか嬉しそうだった。神様は本当に家族を愛しているのだろう。
「じゃあ、きっと皆心配してますね。神様のこと」
「……ああ、そうだな」
神様の顔が少し翳る。残してきた家族のことを思っているのだろうか。
「早く傷を治さないとな」
「ええ、そうですね」
百合は傷がある神様の肩を見る。布の下に隠れている怪我はだいぶ治ってきている。神様が帰る日はそう遠くない。
百合は早く傷が治ってほしいと思った。しかし、その反面この時間が続けば良いのにとも思う。矛盾する考えだ。でも、そう思わずには居られない。
穏やかな時間だ。でも、百合にはわかっていた。こんなものはまやかしだと。
神様の傷が治ろうが治るまいが終わりはもう近づいているのだから。




