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王都の天空を、鈍色の雲と黒い矢の群れが完全に支配していた。
城壁から激しく矢が雨霰と降ってきた。それはまるで飢えた黒蝗の群れのように、凄まじい風切り音を立てて北方の軍勢へと襲いかかる。だが、黒城の守り手たる極北の戦士たちも決して怯まない。負けじと城外からも弓が飛んでゆく。
極寒の地で鍛え上げられた強弓から放たれる太矢は、城壁の胸壁を削り、防衛兵の防具の隙間を容易く貫いた。激しい弓矢の応酬の中、アンジが剣を振り翳しながら指揮を取る。彼の纏う極北の毛皮が戦風に激しくなびき、その野獣じみた咆哮が地鳴りのように戦場へ響き渡った。
地響きと共に、次々と城壁に高い梯子がかけられた。
北方の猛者たちが、背に大剣を背負ったまま猿の如き俊敏さでそれを上り始める。それを上り、城壁を突破しようとする兵士を、城壁の上から石礫や弓矢が襲いかかる。それだけではない。煮えたぎる油や、頭大の割れ石が容赦なく降り注ぎ、梯子から落ちた兵士たちが悲鳴を上げて石畳へと叩きつけられた。
ズシン、ズシンと、大地を呪うような重低音が響き始める。
王城の門には重い音を軋ませながら、巨大な破城槌が持ち込まれた。数十人の巨漢たちが一本の巨大な破城槌を抱え、文字通り命を削りながら前進する。
門戸付近の兵士たちは、外側から破城槌で門が打ち叩かれる激しい打撃音を何度も聞いた。ドゴォォォン、と重厚なオーク材の門が悲鳴を上げるたび、城壁全体が微かに震える。
「投石機を出せ!投石機だ!」
アンジが声を上げると、大きな車輪をつけた投石機に何人もの兵士が石礫を詰める。
それはただの石ではない。極北の鉱山から切り出された、鋭利な角を持つ重量石であった。
「放て!」
兵士たちが号令に従って投石機から石を放った。弾けるような音が聞こえ、投石機の遠心力に従ってまるで散弾のようにたくさんの石礫が城を襲った。
風を切り裂き、空間を歪めながら飛来した石の雨が、城壁の上の防衛陣地を直撃する。石が破裂し、人間の骨が砕ける嫌な音が城壁の上から響いた。
「城門の真上だ!真上と東の城壁を狙え!弓隊を撃ち落とせ!」
アンジの的確な指示が飛ぶ。主戦場となった城の中央門は激しい応酬の声が鳴り響いた。
力と力が正面からぶつかり合う地獄の絵巻。だが、この血煙の裏で、王都の支配者の足元は確実に崩れ始めていた。
一方、城内でペンバーは声を荒げた。
いつもは氷のように冷徹なその顔が、今は怒りと困惑で歪み、額には醜い青筋が何本も浮き出ている。
「北の罪人風情が我を侮るとは!街道に向かわせた兵は何をしているのだ!」
卓上の戦況図を睨みつけ、ペンバーは激しく足を踏み鳴らした。本来であれば北の街道に向かわせた兵とアンジの軍がそこでぶつかり合うはずだった。
そこには、王城が誇る最精鋭の一個軍団が隙のない待ち伏せ陣形を敷いていたはずなのだ。不意を突かれた北方軍は、王都の土を踏む前に壊滅している予定だった。
しかし、北の街道の軍からは何の音沙汰もないまま、突然アンジの軍が王城まで侵攻してきたのだ。
まるで、こちらの配置をすべて見透かしていたかのような大迂回であった。
「北の軍勢を呼び戻せ!直ちに呼び戻して挟み撃ちにするのだ!」
「しかし、城は軍勢に取り囲まれております。知らせを出しても敵軍に捕らえられますぞ!」
近衛の小隊長が悲痛な声を上げる。すでに王城の周囲は、アンジの陽動部隊によって完全に包囲され、一本の矢、一匹のネズミすら通さぬ警戒網が敷かれていた。
「それでも行くのだ!速馬を出せ!」
ペンバーが青筋を立てたその時、返り血を浴びた兵士が急報を携えて部屋へ飛び込んできた。
その鎧はあちこちがひしゃげ、息は完全に上がっている。部屋の重厚な絨毯に赤黒い血が滴り落ちた。
「ペンバー様!大変です!」
「何事だ」
鋭い視線が兵士に向く。その眼光は、あまりの凶暴さに兵士の気骨を折はんばかりであった。兵士は敬礼を取ると息を切らせながら大声を出した。
「リリア王女の落とし子が、リコと申す者だそうです!留置場にとらえられているあの者が正に、リリア王女の娘だと!」
「何!」
ペンバーが瞳を見開き、その急報を持ってきた兵士を睨み殺さんばかりの勢いで見やる。
脳裏に、あの薄暗い留置場で自分を呪わし気に見据えていた、あのアメジストの瞳の少女の顔が鮮烈に蘇った。あの不遜な態度、あの王家の血を引く者に多いアメジストの眼差し――すべてが、一本の線となって繋がった。その場にいた年寄衆も驚いたようにざわついた。
「まさか、あの小娘が……!」
「リリア王女の血が生きていたというのか!?」
「殺せ!留置場の娘を殺すのだ!!」




