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王の死からおよそひと月。国葬という聖域の壇上でギラス将軍が放った一撃は、王都のすべての均衡を粉々に打ち砕いた。
葬儀のあと、城は大騒ぎになった。正直、王の国葬どころではなくなったのだ。
厳かであるべき君主の送り儀式は完全に吹き飛び、宮廷は蜂の巣をつついたような大混乱に陥っていた。
ギラス将軍の軍が城に攻め込んでくるとまことしやかに噂が流れ、城内の騎士や官僚たちは浮き足立ち、互いの出方を窺って猜疑心の視線を交わし合う。さらに最悪なことに、将軍が葬儀でぶちかました演説によって城のもののみならず、民衆までもが第三王女の隠された落とし子のことを噂した。
禁忌とされていた王家の血脈の秘密。それは飢えた獣のように城下を駆け巡り、瞬く間に熱を帯びた狂信的な噂話となって民衆の間に燃え広がっていった。
ぺンバーは目を瞑り、指を組んで城の会議室で座っていた。
卓を囲む年寄衆が顔を真っ赤にして喚き散らす中、中央に座る彼の表情だけは、冷徹な死面のように動かない。北のジジイは西棟に幽閉してある。手足をもぎ、厳重な監視下に置いた。北から攻めてくる軍勢にも城から数万の軍勢を送り込み、街道で待機させている。恐れることはないだろう。
すべては己の盤上にある。そう自分に言い聞かせるように、ペンバーは深く、静かに思考の海へと沈んでいった。
「リリア王女に隠し子がいたとは!ペンバー殿は知っておられたのか!」
年寄衆が議会で集まり、議論をしている。一人の老議員が机を叩いて詰め寄るが、ペンバーは静かに目を瞑り当時を思い出した。
脳裏に蘇るのは、白煙に霞む二十数年前の宮廷の記憶だ。
二十数年前。リリア王女が側仕えの護衛と駆け落ち騒ぎを起こしたのだ。王家の尊厳を根底から揺るがす大スキャンダル。先代の陛下は激怒し、その男を捕らえ、生きて戻れぬ北の果てに島流しにした。
しかしそのような外聞の悪い事件を公にできるわけには当然行かず、事件は裏で処理されたのだ。
王女の存在そのものが宮廷の歴史から抹消され、それ以来病んだ王女は城を下がり王妃の実家で療養をしていた。だが、そのまま霞のように体を壊して死んでしまったのだ。
「…………」
ペンバーは組んだ指に微かに力を込めた。
あの時に王女は妊娠していたのである。
誰もが絶望の内に死んだと思っていた王女は、密かに新たな生命を宿していた。王妃の実家で療養をしていたのであればギラス将軍がそのことを知っていることにも頷ける。
外交として重要な嫁入り前の王女が身籠ったなどという醜聞は、到底公にできるものでは無いだろう。
「問題はどこにその赤子がおるのかということだ」
血を吐くような議論が続く。王女の赤子は怒り狂った陛下に、取り上げられ捨てられた。これらは全てわずかな人間しか知らぬこと。
公式の記録には一行すら残されていない、完全なる闇の歴史。
(恐らく北の老いぼれジジイはその曾孫を大事に隠し込んでいたのだろう。)
ペンバーはそう悟った。
当然である。血が吹き荒れる王城に嵐の目となることが分かりきっている赤子を置いておくわけがない。
事実、王家の血筋は他国へ嫁いだフェフィリア以外は死んでしまっているのだ。耄碌ジジイの判断は正しかったということだろう。
だが、その赤子は今どこにいる。生きていれば二十歳を越える悍ましき「正統なる後継者」。
「北の老いぼれが、小賢しいことをしおって……」
ペンバーは眉間に皺を寄せ、不愉快そうに呟いた。
死に損ないの執念が、この期に及んで己の玉座を脅かそうとしていることに、激しい不快感を隠せなかった。
しかし、翌日、再び会議室で額を突き合わせていた年寄衆に想定外の事態が飛び込んできた。
部屋の重厚な扉が乗馬ブーツの荒々しい音とともに押し開かれ、息を切らした早馬の伝令が飛び込んできたのだ。その顔は泥と汗にまみれ、恐怖に痙攣していた。
「大変です!北方の軍勢が、関門を突破し王都へ向かって進軍してきております!!」
「な、……!!」
会議室全体が、凍りついたような静寂のあと、一気に沸騰した。
「なんと!関門を突破したとはじきに王城へ来るでは無いか!」
「どういうことだ!街道の兵はやられたというのか!?」
「まさか、そうであれば伝令が知らせを寄越してくるはずでは……!」
年寄衆の老人どもが椅子をひっくり返し、互いの服を掴み合わんばかりに狼狽する。会議室は突然の知らせに混迷を期した。予測していたはずの迎撃網が、機能した形跡すらなく突破されたのだ。
ペンバーが眉間に皺を寄せ声を張りあげる。その老いた声には、軍を統べる総帥としての静かな覇気が漲っていた。
「黙らんか!早急に城の鐘を鳴らし民に知らせよ!城門を閉じ、兵を配置するのだ!街道に配した軍団がどうなっているか誰か早馬で調べてこい!」
「はい!」
蜘蛛の子を散らしたように年寄衆は各方面へ駆けてゆく。
慌ただしく退室していく足音を聞きながら、ペンバーは眉間に皺を寄せ舌打ちをした。
計算が狂った。主力部隊の兵は街道沿いに出してしまっている。北の軍を待ち伏せするために、最も精強な一個軍団を王都の外へ配置してしまっているのだ。現在の城内は、最低限の兵で城を守らねばならない。
だが、絶望する必要はない。王都の城壁は大陸屈指の堅牢さを誇る。城を落とすことは容易ではない。
時間を伸ばすことができれば、主力部隊が引き返してくるかもしれないし、援軍を呼ぶこともできる。
籠城戦に持ち込めば、勝機はまだこちらにある。ペンバーは指揮をとるため、立ち上がった。




