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王の死からおよそひと月。とうとう殯の期間があけ、その日歳若き王の国葬が始まった。
王都は早朝から、重苦しい沈黙と不気味な熱気に包まれていた。薄幕のような冬霧が立ち込める中、宮廷貴族や各国の大使を乗せた馬車が、次々と黒い喪旗のはためく王城へと吸い込まれていく。
午前中に各界の要人が集められ、夕方から本格的な葬儀が始められる。この空白の時間こそが、生者たちの権力闘争の舞台であった。
午前中に城の城門が開門されると続々と弔問客が現れる。その中には当然ギラス将軍の一団もいた。
馬に乗り軍の礼装に身を包んだギラス将軍は一団を引き連れて広い城門をくぐり抜けた。老将の纏う黒を基調とした漆黒の礼装は、彼の白髪を鮮烈に際立たせ、その鋭い眼光は老いてなお衰えぬ威厳を放っている。
「まさかこのようにすぐにこの城門をくぐることになるとはのう」
ギラス将軍が残念そうに首を振ると、側近の男も静かに答えた。
「ええ、誠に残念です」
カパリ、カパリと馬の蹄鉄の音が城門付近の石畳を踏み鳴らしている。
その規則的な音が、まるで不吉な秒読みのように重く響く。
ギラス将軍は陛下の弔問客として城に訪れ、後発のアンジ率いる軍団の到着と共に一斉に内側から城門を開錠する計画になっていた。
堅牢な城を攻め入るには外から馬鹿正直に力攻めをするのは圧倒的な兵力差がない限り上策とは言えない。
王都の城壁は高大であり、まともにぶつかれば北方の精鋭といえど多大な血を流す。だからこその「内応」の手筈であった。
「アンジ殿が到着後、合図を待って城門を開きます」
隣を並走する側近が、極小の声で囁く。
「うむ。慎重にな」
一団が城門をくぐり抜け、ギラス将軍が馬から降りようとしたその時、計っていたかのように城の兵団がぞろぞろとやってきた。
その数、およそ一個大隊。みな一様に鎖帷子を着込み、鎧を身につけている。
およそ葬儀の場には不釣り合いな、戦場に赴くかのような重武装。兵団はギラス将軍率いる一団をグルリと取り囲むと、騎馬に乗る男が一歩前へ進み出た。その目は冷酷な光を宿している。
「ペンバー様より伝言です。遠いデンバーの地からわざわざご足労いただき感謝申し上げる。将軍の貴い御身をお守りするゆえ、城の兵団が付き従うことをお許し願いたい。とのことです」
護衛という名目の、明らかな軟禁の宣告。
将軍は騎馬に乗ったまま口上を告げる男を見て、愉快そうにほほ、と笑った。ペンバーの古狸もタダではやられてくれんらしい。
己の動きが読まれている。だが、老将軍の笑みに微塵の動揺もなかった。
「護衛は自前がおるゆえ、必要ない。気持ちだけもらっておこう」
「いえ、我々が同行させていただきます」
その男は譲らない。どうもこちらの一団を監視、あるいは身柄を拘束しようとしているようだ。男の手が、無造作に腰の柄へと添えられる。周囲の兵たちも、一斉に槍の石突を石畳に打ち鳴らした。威嚇であった。
「ここはそなたらが警備を務める王城じゃ。わざわざ兵団の一個大隊に守ってもらうほどの危険はないじゃろ。それとも何か?この城内でわしはそれほど危険な状況にあるとでもいうのかな?」
「……、」
騎馬の男がたじろいだ様子を見せた。愉快そうにギラス将軍は目を細める。その細められた眼光の奥にある、かつて戦場を血で染め上げた猛将の圧力が、男の言葉を詰まらせたのだ。
「そのように鎖帷子を着込んで。まるで今から戦にでも行くようではないか。今日は陛下の葬儀の日じゃ。軍の礼装を着ているかと思っていたがのう」
「そうだ。戦だ」
突如、グルリと取り囲んだ兵団の向こう側から声が響いた。
地を這うような、深く冷たい声。兵団の囲みが割れ、そこから一人の男が悠々と闊歩してくる。
贅を尽くした黒の外套を羽織り、冷徹な笑みを湛えた老人——ペンバーだ。彼の背後には、彼の手足となって動く私兵たちが影のように従っている。
「これはこれはペンバー殿。前回の国葬の時以来じゃの」
ギラス将軍は優雅に笑みをたたえたままそちらを向いた。ペンバーは鋭い視線で彼を見据えている。二人の老巨頭の視線が交錯するだけで、周囲の空気が爆ぜるような緊張感に包まれた。
「城下の民衆に奇妙な噂が流れている。北の将軍が孫の死に怒り、軍を率いて反乱をおこしていると」
ペンバーは一歩前に出、ギラス将軍の馬を見上げるようにして告げた。その口調には、すべてを掌握している者の傲慢さが滲み出ている。
「ほほ、誠に民の噂とは口さがないものよ。どれ、反乱する気はないと、このわしの無防備な状況を見て理解していただけたかな。剣を携えるはわしの僅かな護衛のみじゃ。人数も少ないこの喪服の集団が堅牢な王城を落とすとな?まことそのような智将がおるなら会うてみたいものよ」
ギラス将軍は自らの両手を広げて見せた。連れてきたのはわずかな側近と儀礼用の護衛のみ。一見すれば、完全に無抵抗の老人である。しかしペンバーの目は、その欺瞞を見抜いていた。
「噂を信じあなたを攻撃する者がいないとは限らん。御身の潔白を証するためにも兵団の付き添いを認めてもらおう」
「仕方あるまいの」
ギラス将軍は無理に抵抗はしなかった。ここで刃を交えれば、計画がすべて台無しになる。
連れてきた馬は城の下働きの者たちが厩舎へ連れて行く。一団は西棟の隅の部屋をいくつか与えられ、その周りをしっかりと兵団に囲まれたままであった。
窓の外を見れば、三重にも重なる兵の列が見える。
「まるでネズミ一匹逃さぬとでもいいたげな監視じゃの」
ギラス将軍は与えられた部屋で足を伸ばしながら言った。あまり時間にゆとりはない。
時計の針は確実に進んでいる。すぐに神父が招かれ夕方の葬儀までの間に説教を始めるだろう。
その後は要人が数人登壇し、答辞を読むこととなっている。ヘクセル陛下の祖父という立場からギラス将軍もその答辞を読むことになっていた。
答辞の後に葬儀が始まり、祈りを捧げた後、王宮にある廟に王の亡骸を埋葬するのだ。これが出席者に許された唯一のタイムスケジュールであり、同時に将軍に残された最後の勝負の刻限であった。
「ええ、これでは城門を開けるどころか、誰一人城内を自由に歩くこともできません」
側近の男が弱ったようにつぶやく。部屋の扉の向こうからは、兵たちの鎧が擦れ合う冷たい音が絶え間なく聞こえていた。これではアンジへの合図を送ることも叶わない。
「ペンバーの小童め、いい気になりおって。城の兵団をも掌握しておるわ」
ふん、と面白くなさそうにギラス将軍は鼻を鳴らす。かつて自らが鍛え上げたはずの王城の兵たちが、いまや私欲に塗れた奸臣の手足となっていることに、深い侮蔑を覚えたのだ。
やがて一段はすぐに支度を済ませ、ぞろぞろと兵団に付き添われながら神父の説教を聞くために葬儀場へ参列した。
広い場内でも特に広い広間でそれは始まった。
葬儀場は、黒一色に染まっていた。
天井から吊るされた無数の銀の燭台が、暗い場内を厳かに照らし出している。神父の説法で泣いている者もいれば、口元を引き結んでいるものもいる。
その涙のどれほどが本物で、どれほどが偽りなのか。最前列に陣取るペンバーの一派は、一様に神妙な顔を作りながらも、その目はすでに新時代の権力配分を見据えてギラギラと輝いていた。
「そろそろ、ご準備を」
城の執事に囁かれて、ギラス将軍は登壇の準備を始めた。ずらりと各界の要人が並ぶ中、答辞を読み上げねばならないのだ。
老将はゆっくりと席を立ち、壇上へと歩みを進める。その背中に、ペンバーの冷徹な視線が突き刺さるのを感じた。
「何もできない老人」として、泳がされている。だが、それこそがギラス将軍の狙いだった。




