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 それは、国家に対する明確な宣戦布告だった。だが、そこに迷いは一切ない。受けた侮辱と血の代償は、鉄と炎によって洗われねばならない。


「御意のままに」


 アンジはギラス将軍のその覇気に震えた。恐怖ではない。武者震いだ。アンジとて、大切な娘をみすみす差し出すわけがない。


 娘の危機。そして、主君の受けた大逆の痛み。かつて戦場を駆けた戦士の血が、アンジの身体の中で沸騰するように熱くなっていく。


「先駆けに噂を流させよ。ペンバーの古狸がとうとう陛下を殺し、王位を簒奪したと流布させるのじゃ。民を味方につけ進軍せよ!」


「……反乱となると大義が必要です。どうするのですか?」


 どれほど正当な怒りであろうとも、中央からは「北方の反乱軍」とみなされる危険がある。兵を動かし、民を従わせるためには、誰もが納得する絶対的な大義名分が必要だった。


「それはわしのかわいい孫を殺してくれた古狸の始末!そして、正統な王位継承者じゃ!」


「ま、さか……!」


 アンジは瞠目した。まさか、こんな日が来るとは思っていなかった。


「アンジ、わしはもう年老いた。お前が将軍となり旗を振れ!大義を掲げ、娘を助けよ!……そして、王を殺した反逆者を始末するのじゃ!」


「おおせのままに!」


 アンジは廊下へ飛び出した。


 胸の高鳴りが止まらない。大急ぎで手配を始めなければならなかった。各地へ伝令を送り軍を組織するには日数を要するだろう。その間にペンバーの王位簒奪の噂は広められる。人の噂とは早いものだ。


 特に、王都の横暴に不満を抱いていた地方の領民や兵士たちにとって、新王謀殺の噂は瞬く間に火薬となって燃え広がるはずだ。


 城攻めには入念な準備が必要だが、ギラス将軍はそこまで待つ気は無さそうである。

 刻一刻と迫るリコの処刑の危機を考えれば、一日たりとも無駄にはできない。


 通常は城とは護るに容易く、攻めるに難い。圧倒的な軍勢が集まれば力攻めもひとつの戦法になるが、王都にも王勢の軍勢が在る。

 まともに正面からぶつかれば、北方の軍がいくら精強であっても、数の暴力に圧殺される可能性が高かった。


「一考が必要だな」


 アンジは会議室に幹部たちを大急ぎで呼び集めた。

 デンバー領の防衛を担う、百戦錬磨の荒くれ者たち。さほど広くない会議室によりどりみどりの大男たちばかりがひしめき合う。


 部屋の中は、汗と鉄の臭い、そして異様な熱気に満たされていた。アンジはその上座に初めて座った。

 いつもはギラス将軍が座る、重厚な毛皮が敷かれた椅子。そこに腰を下ろしたアンジを、男たちの鋭い視線が一斉に射抜く。


「ギラス将軍よりお達しがあった。王都を攻める」


 その一言で、会議室の空気が爆発するように張り詰めた。

 アンジの言葉に、焦げ茶の髪の剛腕の男が口を開いた。その男の腕は、熊をも引き裂くと言われるほどの太さだった。


「私も小耳に挟んでおります。ペンバーがヘクセル陛下を殺したとか」


「そうだ」


 アンジは頷いて付け足した。

 真実を共有し、男たちの怒りに油を注ぐ。


「それだけでは飽き足らず、王位まで簒奪した。リーレイの娘を即位させるようだが、その娘の夫に自分の次男を婿入りさせている」


「なんと……」


 会議室がざわめく。

 男たちの顔が、怒りと蔑みで歪んでいく。王都の宮廷貴族どもが、ついにそこまで腐り果てたかという、深い嫌悪感が室内に満ちていく。


「ギラス将軍は孫を殺した古狸を許さぬと申している。不肖ながら、私が将となり旗を振ることとなった。北方の前線で指揮したことはあれど、大軍隊の軍勢の指揮は初めてだ。皆の力を借りたい」


 アンジが頭を下げると、一瞬の静寂の後、大男たちが一斉に拳を突き上げた。


「おお!とうとうアンジ様が指揮をとるとは!」


「ようやく日の目を見ましたな……!」


 会議室でひしめき合う男たちがそれぞれどよめいた。絵図としては非常にむさ苦しいが、感極まり涙ぐむ男までいる。

 ひげ面の巨漢たちが、目を真っ赤にしてアンジを見つめていた。


「島流しされて二十余年、この厳しい北方の大地の前線で番人として外敵から守り続けてくれた恩、我ら忘れておりませぬぞ!」


「ギラス将軍とアンジ様についてゆきます!」


 彼らは知っていたのだ。アンジがどれほどの不条理に耐え、この北の地で実直に任務を果たしてきたかを。その彼が、ついに長として己の旗を掲げる。男たちにとって、これほど血が湧き立つ展開はなかった。


「皆の気持ち、有り難く思うぞ。早速だが、城攻めとは容易いものではない。皆の知恵を借りたい。傭兵を雇えど、王都の城を力攻めするには到底兵の数が足りぬであろう。策を練らねば」


 アンジの冷静な指摘に、男たちは腕を組み、再び額を寄せ合った。


「うーむ、我ら普段は城を守るに徹しておりますからなあ」


 堅牢な王都の壁をどう崩すか。北方の荒くれ者たちの、知略と武力を尽くした戦いの火蓋が、今ここに切って落とされた。

 こうしてむさ苦しい男たちが額を突き合わせながら会議は始まった。







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