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王都よりしばらく遅れて北方の果て、デンバー領にも新陛下の死の悲報がもたらされた。
凍てつく寒風が吹き荒れる北の最果て、デンバー領。王都からの急使がもたらした崩御の一報は、雪深き大地をさらに冷たく凍りつかせた。
数ヶ月前に先王が亡くなったばかりで、再びデンバー領に激震が走る。国を挙げての喪が明けたばかりのこのタイミングでの、あまりにも不自然で急すぎる若き王の死。
北方の民は、王都の闇から漂う不穏な気配を肌で感じ取り、ただならぬ騒然とした空気に包まれていた。
先王の葬儀で長い旅程を終えたばかりのギラス将軍は意気消沈し、すぐに王都に向かうことはしなかった。
先王の死に続く、若すぎる新王の死。あまりにも立て続けに身内を失った老将の衝撃と衰弱は、周囲の誰もが声をかけるのを躊躇うほどに深いものだった。
ひと月の殯の期間があけ、葬儀が行われる日に合わせて王都へ向かうという。
それが老将の下した決断だった。
新王——ヘクセル王はギラス将軍の孫であり、彼の悲しみは計り知れない。将軍の娘であった先王の王妃もヘクセルの産後に亡くなっているのだ。
娘の忘れ形見であり、自らの血を引く唯一の希望であった孫。その命を理不尽に奪われた老王の胸中には、今や悲しみを超えた狂おしいほどの烈火が燃え盛っていた。
罪人の身から解き放たれ、将軍の元で働いていたアンジはある日呼び出された。激震の一報から数日後のことだった。
かつて王都で大罪人として追われ、この極北の地へと流れ着いたアンジ。凍てつく廊下を渡り、主君の部屋の前で足を止める。
「失礼します」
アンジはギラス将軍の執務室をノックし、中へ入室した。中でギラス将軍は執務机の椅子に座っている。
部屋の中は、驚くほど静まり返っていた。暖炉の炎が爆ぜる音だけが、不気味なほど大きく響いている。
「お呼びでしょうか?」
アンジはたずねた。ギラス将軍は机の上に肘をつき、指を組んだ手の上に顎を乗せている。眉間には険しい皺が寄り、アンジは一瞬その姿に、在りし日の壮年の彼が映った。
かつて大陸全土にその武名を轟かせ、北の獅子と恐れられた全盛期のギラス将軍。その圧倒的な覇気が、老いた肉体の奥底から地鳴りのように這い上がってきているのを、アンジは敏感に察知した。
「ジルを覚えておるか?」
老王の口から飛び出したのは、現在の王都の情勢とは一見、無関係に思える若い騎士の名だった。
ジル、というとあの白銀の髪の男のことだろうか。もちろん覚えている。アンジのかわいい娘、リコに王都からハエのようについてきた男だ。
思い出せば出すほど腹の立つ、端正な顔立ちのあの生意気な若造。アンジは顔をしかめた。
「ああ、あのハエ男ですか。もちろんです」
「そうじゃ、そのハエ男から文が届いた」
ギラス将軍はアンジのハエ発言を無視して続けた。そのあたりは流石年の功ということか。
くだらない私情に付き合っている暇はないとばかりに、老王は机の上の書状に視線を落とした。
「我らに力を貸してほしいと書いてある」
「力、……と申しますと?」
アンジが問い返す。王都の兵士が、なぜわざわざ中央から遠く離れた北方のデンバー領に助力を求めるのか。その疑問の答えは、あまりにも悍ましいものだった。
「どうやら、ヘクセルはペンバーの古狸に殺されたようじゃ」
その一言を発した瞬間、身じろぎもしていないのにギラス将軍から圧倒されるような怒気が溢れた。むしろ、殺気に近いものだ。将軍のこのような姿をアンジは始めて見た。
将軍の全身から放たれた目に見えない圧力が、執務室の空気を一瞬で希薄にする。並の兵士であれば、その場に平伏して呼吸困難に陥るほどの、本物の「戦神」の殺気だった。
「な、」
アンジはギラス将軍のその様子と、知らされた内容に驚き、声が出ない。
あの優しくも聡明だった若き王が、病死ではなく謀殺された。それも、王都の権力を握るペンバーの手によって。
「お前のかわいい娘も、ペンバーの奸計に嵌められて留置所で幽閉されているとある」
「……何ですと?」
アンジの脳裏で、何かが激しく弾け飛んだ。
孫を殺された老将軍の怒りに、今度は娘を奪われかけた父親の狂気が重なる。あのかわいい、自分の命よりも大切なリコが、冷たい牢獄に囚われている。
事態は一刻を争う。王都はすでにペンバーの私物と化し、真実を語る者の口は次々と塞がれている。リコの命が今この瞬間も危険にさらされているのは明白だった。
「して、いかがするのです」
アンジはギラス将軍にたずねた。彼は険しい表情をしたままだ。
その拳は、白くなるほど強く握り締められていた。
「軍を組織せよ。荒野の傭兵を雇い、デンバーの軍をかき集め、鎮西の盟友に声をかけるのじゃ。城へ打って出る。いくら老いぼれておろうと、孫を殺されてみすみすと黙っておられようか!城攻めじゃ!」




