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ジルがクリスを陛下と引き合わせて数週間もせぬうちに、王が崩御した。
あまりにも早すぎる若き君主の死。新王ヘクセルが即位し、王都に新たな希望の光が差したのも束の間、時代は再び激動の暗雲に覆われることとなった。まだ即位したばかりの王の死に、王城中が不穏な空気に苛まれる。
(……確かに、ここしばらく陛下は調子が良くなさそうだった。)
極秘とされたが先日から急に危篤状態になり、そのまま身罷られたのである。
宮廷の奥深くで何が起きていたのか、一般の兵士はおろか、近衛の任にある者たちにすら正確な情報は開示されなかった。
ただ確かなのは、年若い王に子供はおらず、後継がいないという、国家にとって最悪の事実だけだった。王位の継承権を持つ直系の血筋は途絶え、巨大な権力の空白地帯が生まれてしまったのだ。
ここしばらく城に缶詰状態で働いていたジルは、大股で廊下を歩き自分の隊の事務室の扉を勢いよく開いた。王が亡くなってしまってから、城に不穏な空気が流れている。
廊下を行き交う官僚や騎士たちの誰もが、互いを疑うような鋭い視線を交わし、ひそひそと声を潜めていた。年寄衆は連日連夜顔を突き合わせ、議会を開いていた。
それは国家の行く末を案じるための会議などではなく、主を失った王座を誰が奪い取るかという、醜い地盤争いに他ならなかった。
ジルがドサリと事務机の椅子に座ると同じく事務室で働き詰めの同僚、シャルが青い顔をあげる。
数日間の徹夜の連続により、シャルの目の周りには濃い隈が刻まれ、その表情は疲弊しきっていた。
「おい、ジル」
「何ですか」
ジルは手に資料をとり、眺めながら返事をした。
机の上に山積みにされた次期王位継承候補の系図や、再開発計画を巡る不審な資金の流れが記された書類。それらに目を通すジルの横顔は、疲弊そのものだった。
「……最近リコちゃんに会ったか?」
「いえ。そのような時間などありませんでした。あなたも知っているでしょう」
王の危篤から崩御にいたるまで、ジルは一歩も城の外に出ることを許されなかった。リコの家に様子を伺いに行く余裕など、物理的に存在しなかったのだ。
ジルがぶっきらぼうに答えると、シャルは重い溜息をついた。
「……だよな」
殯の期間で二人は詰襟の制服を着ている。軍の礼装はジャラジャラと飾りがついてあってうっとおしい。
軍の礼装は通気性が悪く、身体を締め付ける。ただでさえ息苦しい事務室の空気が、シャルの歯切れの悪い態度のせいで、さらに重苦しくなっていく。
シャルのその含みのある返答に、ジルは資料から顔をあげた。
「それがどうかしましたか?」
「どうもリコちゃん、城の留置場に拘束されてるらしいぞ」
「な、……んと、言いました?」
ジルの手からパサリ資料が机に落ちた。ジルは瞠目してシャルを眺める。
頭の中が一瞬で真っ白になり、次いで激しい心音の乱れが襲ってきた。留置場。拘束。リコ。それらの不吉な単語が、どうしても彼女の姿と結びつかない。
「いや、調理場のユーリちゃんに聞いたんだけどさ、殺人の容疑で取り調べ中だって」
ガタリ、とジルは立ちあがった。
椅子が床を擦るけたたましい音が室内に響き渡る。
「一体どういうことですか。あの鶏ガラ娘が人を殺せるわけがありません」
いや、最近はクリスのおかげでしっかり食事をとるようになっていたのでやや女性らしい膨らみを帯びてきていたようにも思う。だがしかし、あの非力な娘に人が殺せる訳がない。
いつも美味しいものの話ばかりして、虫一匹殺すのにも怯えるようなあのリコが、殺人の容疑者として国家の牢獄に繋がれているなど、何かの冗談としか思えなかった。
「俺も詳しくは知らないんだけどさ、一応お前に知らせといた方がいいかと思って」
「……ありがとうございます」
「それにさ、」
「なんですか」
ジルの鋭い視線に気圧されながらも、シャルはさらに声を潜め、王城を揺るがす最大の激震を口にした。
「とうとうペンバーが動くらしい」
「どういうことですか」
ジルは年寄衆の重鎮の名が出て眉を顰めた。
あの底知れない悪鬼の男。新王ヘクセルの死の背後で、確実に糸を引いているであろう男の名前。
「あそこの次男坊がリーレイ家のお嬢様に婿入りしたんだってよ。リーレイ家と言えば先王の傍系だろ?フェフィリア妃殿下はとっくにイデール国に嫁いでいるし、当然その息子のブラッド王子はイデール国の跡継ぎだ。となると、もううちには正統な後継者がいない」
「リーレイのお嬢様に王位を継がせて、実権を簒奪する気か……陛下の死に乗じてとうとう城を乗っ取る気ですね」
ジルの脳内で、すべての点と線が最悪の形で繋がった。




