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周囲を屈強な男たちに囲まれ、部屋の鍵は厳重に閉められた。肩をすくめて、ビクビクとしながらリコは溶けてゆくパフェを見つめた。
(ああ、パフェが……)
しばらくしてすぐにクリスが連れてこられた。
クリスの職場も高級住宅街のお屋敷なので、近所にいたのだろう。ペンバーの手下たちによって強制的に連行されてきた彼は、部屋に入ってリコを見つけると驚いて目を見開いた。
「リコ、なぜ君がここに……」
リコは肩をすくめて見せる。申し訳なさと恐怖で顔が引きつっていた。その様子を見てクリスはペンバーを睨んだ。
いつもの穏やかな青年の面影は消え去り、その瞳にはかつて主人であった男への激しい敵意が満ちていた。
「ご当主様、急に呼び出して一体どのような用件ですか?」
「お前の持つ、土地が欲しい」
ペンバー氏は深々と椅子に掛け、簡潔に言う。その一言を聞いて、クリスはピクリと眉を動かした。
彼はすべてを察したように、冷たい笑みを唇の端に浮かべる。
「……私の相続した土地が莫大な利益を生む金鉱脈だとか」
「都市の再開発計画に必要なのだ。国のために譲ってほしい」
「そう言われて、私があなたに譲ると思いますか?奴隷として、家畜のように扱われた」
男二人が、広い客間で睨み合った。リコは背中に冷や汗をかく。
かつての「主従」でありながら、今は王都の命運を握る「地主」と「略奪者」としての対峙。空気は爆発寸前まで張り詰めている。
「素初に譲れば、相応の礼は出そう」
「お断りいたします」
クリスがきっぱりと言い切った。部屋に緊張した空気が張り詰めている。リコが眉を下げて二人を見ていると、ペンバーが静かに言い放った。
その合図とともに、世界の均衡が崩れ去る。
「そうか、残念だ。ならば仕方あるまい」
「きゃあっ!」
突然、リコはそばにいた執事に腕を捻り上げられ、取り押さえられる。座り心地の良いソファから無理やり立たされ、拘束された。腕をぎちぎちと捻り上げられ痛みが肘から駆け上ってくる。
絹のドレスを着た執事の細い腕からは想像もつかないほどの、暴力的な力がリコの細い腕を極限までねじ曲げる。
「何をっ!!彼女を離せ!」
目を見開いて執事に手を伸ばそうとしたクリスが、後ろから素早く反応した別の男に殴られた。
「クリスっ!!!」
鈍い衝撃音が室内に響き、クリスの体が前のめりにソファへ沈んでゆく。彼はソファへ倒れ込みダラリとその腕を垂らした。
「嫌っ!クリス!」
リコは拘束を振り切ろうと、力いっぱいもがいた。後ろの男に爪をたて、その腕から抜け出ようと体を捻る。しかし、リコの非力な力などまるで相手にならないとでもいうように丸め込まれ、リコは悔しさに涙が滲んだ。
どんなに叫んでも、どんなに抵抗しても、この巨大な権力の館の中では、自分たちの声など誰にも届かない。
「……ペンバー様!!なんて、酷い!」
リコがペンバーに叫ぶ。ペンバーは気にしたそぶりも見せず、執事にむかって言い放った。
「地下牢へ入れておけ」
……地下牢!?
その不気味な単語が、現実のものとしてリコの耳に突き刺さる。
「いやっ、離して!クリス!クリス!」
リコの抵抗などものともせず、男はペンバーに一礼をしリコを引きずっていく。リコは激しく後悔した。スイーツに釣られて来るなんてバカだった。クリスを危険な目に遭わせてしまった。だが、おそらく断ったところでこの様子だと無理やり連れてこられていただろう。
彼らの目的は最初から、手段を選ばずに土地を奪い取ることだったのだから。
二人して地下牢へ押し込まれ、腕を後ろ手で拘束される。
日の光が届かない、湿った石壁に囲まれた地下空間。カビと鉄の匂いが充満する暗闇の中で、グッタリと気を失ったクリスがゴロリと隣に転がされた。
食い込んだ頑丈な縄がリコの手首を締め付け、冷たい床の感触が全身の恐怖を倍増させる。
「クリス、クリス……!」
リコは必死で呼びかけた。クリスも後ろ手で拘束されている。仕事の途中で連れてこられたのだろうか、彼は下働きの男の制服を着ていた。
いつもなら綺麗に着こなしているシャツが汚れ、金髪が床の埃に塗れている。その姿が、リコの胸を激しく締め付けた。
「う、……」
リコが必死で呼びかけていると、クリスが呻きながら目を覚ました。幸い、あまり強く殴られたわけでは無かったようだ。軽く頭を振って、クリスは体を起こす。
「クリス、大丈夫……?」
「っ、……ああ、大丈夫だよ。心配しないで」
クリスはこんな時にも、リコを安心させるように微笑んだ。
額に青あざを作りながらも、その青い瞳は優しくリコを見つめている。リコは泣きそうになって眉を下げる。自分のせいで彼をこんな目に遭わせてしまったという罪悪感が、涙となって溢れそうだ。
「ペンバー様も酷いわ、こんなやり方……」
リコがつぶやいたその時、地下牢に足音が響いた。
カツン、カツンと、上質な革靴が石の階段を下りてくる音が、静寂に響き渡る。すぐに複数の男を従え、ペンバーがやってくる。
松明の炎に照らされた老貴族の顔は、悪魔のように冷酷だった。クリスが庇うようにリコを後ろへ隠した。
後ろ手で縛られながらも、彼は自らの身体を使ってリコをペンバーの視線から遮る。
「さて、困ったことよ」
ペンバーがゆっくりと口を開く。
彼の足元には、先ほどの土地売買契約書と、インクの入ったペンが用意されていた。
「ただ、サインをするだけでよいのだ」
「……ふざけるな。このようなことが、許されると思うか」
クリスが彼を睨みつける。
奴隷時代に何度も向けたであろう、従順な少年の目はそこにはなかった。一人の尊厳を持った男としての、激しい拒絶。
「仕方がない。……やれ」
ペンバーの言葉は地下牢に静かに響いた。その声と同時に、男たちが地下牢の中へ乗り込んでくる。
空間が一気に暴力の気配で満たされる。リコとクリスが体を固くするのと同時に、一番手前の男がクリスの頬を殴りつけた。
「きゃあっ!」
鈍い音が地下牢に響き渡る。クリスはよろめき、壁に寄りかかった。口の中が切れたのか、口角から一筋赤い血が垂れる。
嫌な音が、狭い石牢の中に反響する。
「……っ、」
それでもクリスはペンバーを睨みつけた。一発、二発、三発と男がクリスに拳をめり込ませる。
拘束されているため、防戦一方のまま、クリスの身体が殴打されるたびに激しく揺れる。美しい顔が歪み、血が床に飛び散る。
「いや、やめてっ!!」
リコはもう、悲鳴に近い声をあげた。
これ以上、彼が傷つけられるのを見ていられなかった。理屈や恐怖などすべて吹き飛び、リコは膝をついたクリスに駆け寄り、暴行を続けようとする男との間に体を割り込ませる。
「邪魔だっ……」
リコの腹部に男の蹴りが飛んだ。見事にめり込み、激しい衝撃にリコの細い体が壁に叩きつけられる。
ドゴォッという鈍い衝撃。肺からすべての空気が強制的に押し出され、視界がチカチカと明滅する。クリスが瞠目した。
その青い瞳が、怒りと絶望で激しく見開かれる。
「あ、う……」
リコはうめいてズルズルと冷たい床に倒れ込んだ。奇妙な空気が出入りする音が喉から響き、うまく息ができない。
お腹の奥が焼けるように熱く、あまりの痛みに指先一つ動かせなかった。床にうずくまったリコを見て、クリスが激昂したように激しく叫んだ。
「お前らぁあっ!!!!」
それは、獣のような激しい絶叫だった。
リコを傷つけられたことへの、理性を失った怒り。だが、再び彼に男の拳がめり込む。後ろ手で拘束されたクリスはおもちゃのようにされたい放題だった。
暴力の嵐が容赦なく彼を打ちのめし、地下牢の床は彼の血で汚れていく。
「サインをしてくれるか?」
見慣れた光景なのか、動揺ひとつ見せず落ち着き払った様子でペンバーが更に問うた。
彼は懐中時計を確認し、まるで退屈な事務手続きを早く終わらせたいとでも言うかのような口調だった。それを聞いたクリスは痛みに顔を歪ませながら、奇妙に口角を上げる。
ボロボロになり、髪を血で染めながらも、彼の唇から漏れたのは、絶望ではなかった。
「ふ、ふは……は」
クリスの薄ら寒い笑いにペンバーは目を細めた。
それは、あまりにも不気味で、確信に満ちた笑い声だった。
「何を笑っている」
「は、……はは。これが、笑わずにいられるか」
「舐めてんのかぁっ!!」
男がクリスの胸ぐらを掴み、彼を引きずり立たせた。
床から無理やり引き剥がされ、宙に浮いたクリスの身体。
「……殴られるのは慣れている。貴様らによく躾けられたからな」
クリスは胸元を吊し上げる男を間近から睨んだ。
その言葉は、彼がこれまで耐え忍んできた地獄の日々と、そこから這い上がってきた執念の証明だった。彼は血を吐き捨て、ペンバーの顔を真っ直ぐに見据える。
「あんたらの欲しいものはもう無い」
「……どういうことだ」
ペンバーのドスを効かせた声が響く。
老貴族の心臓に、初めて明確な不安の針が突き刺さる。クリスは再び奇妙に口角をあげた。
「土地は、すでに陛下に譲った」




