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ペンバーの屋敷につくと、すぐに客間に通された。
かつてアーチの肖像画を描くために何度も訪れた場所ではあったが、案内されたのはいつもの部屋ではなく、重厚なマホガニーの家具で統一された、賓客を迎えるための最高級の客間だった。
室内に漂う高価な香の匂いに、リコは場違いな緊張感を覚え、身を縮める。しかし、仕事のできる執事は、すぐ約束のパフェを用意して持ってくる。
銀の器に美しく盛り付けられた高級アイスクリーム、真っ赤なラズベリー、そして贅沢に回しかけられたチョコレートソース。リコがそのパフェに舌鼓をうっていると、ペンバー氏が遅れて登場した。
ドアが開いた瞬間、室内の空気が一瞬で凍りついたかのような、圧倒的な存在感。王都の政治を裏で支配する年寄衆の重鎮が、ゆっくりと部屋へ足を踏み入れる。
「久しぶりだな」
「こんにちは、ペンバー様。お坊っちゃまの釣書以来ですね」
ゴッくんとリコがパフェを飲み込んで顔を上げると、ペンバー氏もドサリとソファに腰掛ける。
その鋭い眼光は、まるで獲物の価値を品定めする猛禽類のようだった。リコは喉にパフェを詰まらせそうになりながら、必死に礼儀正しさを保とうとする。
「アーチの縁談は君のおかげでうまく纏まった。礼をいう」
「そうですか!よかったですね。」
リコの目の前のパフェが溶け始めている。早く食べたい。だが、ペンバー氏の前でバクバクと食べ続けるのも憚られる。
目の前で芸術的に盛り付けられたクリームが、室内の暖房によってじわじわと形を崩していく様は、リコにとって精神的な拷問に等しかった。
しかし、ペンバー氏の放つ威圧感は、とても食べ残しを口に運べるような雰囲気を許さない。
「今日はどのような用件で呼ばれたんでしょうか……?」
リコが首を傾げて本題に切り込むと、ペンバー氏は相変わらずの圧を出しながら咳払いをした。
その重々しい音だけで、部屋の調度品までが震えるかのように錯覚してしまう。
「君に譲ってほしいものがある」
「私に……ですか?何でしょう?」
リコは身構えた。ペンバーのような殿上人に差し上げれるようなものなど持ち合わせてはいない。
自分は一介の絵師に過ぎず、彼が欲しがるような美術品も、高価な資産も何一つ持っていないはずだ。リコが困惑していると、ペンバー氏の眉間には皺が刻まれている。
「土地だ。君の持つ土地を譲ってほしい。相応の礼は出そう」
「土地?」
再びリコは首を傾げる。土地なんて持ち合わせていない。
王都の片隅に小さなアトリエを兼ねた家を借りているだけで、自分の名義になっている土地など地上のどこを探しても存在しない。
「私、土地なんて持っていませんが……?」
リコの返事にペンバー氏は一枚の紙を取り出した。土地売買の契約書だ。
机の上に滑り出されたその書類には、複雑な文言と、王都市街の地図の一部が印刷されていた。
「奴隷の財産は、その主人に属する。君の奴隷、クリスが重要な土地の所有者なのだ。都市の再開発計画に必要な土地ゆえ、ここにサインをしてほしい」
ペンバーの当主はリコが奴隷解放手続を済ませたことなどつゆほども知らないのだろう。だから、リコに土地の所有権を譲れと交渉しているのだ。リコは屋敷へ来てしまったことが今さら悔やまれた。詳しくは知らないがろくなことではないだろう。
リコは冷や汗が背筋を伝うのを感じながら、勇気を振り絞って口を開いた。
「残念ですが、クリスは既に奴隷解放手続きを済ませて一般人となっています。私にはその契約書にサインすることはできません」
「なに?」
ピクリとペンバーの眉が動いた。怖い。ただこちらを見つめているだけなのに、相変わらず睨みつけるような視線は健在だ。リコは彼の視線に怯み、上目遣いで恐る恐るペンバーを見上げた。
老貴族の瞳に宿ったのは、一介の娘に計画を狂わされたことへの、底知れない侮蔑と怒りだった。
「なるほど。奴が土地の所有者であると知っていれば、お前に売り払うこともなかった。手間をかけさせおって」
不愉快そうにペンバーはつぶやくと、すぐに側近にクリスを呼んでこいと指示を出す。
彼の低い声が響くと、影のように控えていた大柄な男たちが一斉に動き出す。リコが困り果てていると、ペンバーは出された紅茶に手をつけながらすげなく言った。
「君にはクリスが来るまでしばらくここで待っていてもらおうか」
リコに拒否権はない。




