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冬も深まり年の瀬も近づいた。
王都を包み込む空気は日ごとに鋭さを増し、窓ガラスには毎朝、繊細な氷の結晶が花を咲かせるようになった。こうなると、一日の始まりはひどく億劫なものになる。朝、ベッドから起き出すのが億劫になる季節だ。
リコは厚手の毛布を頭からすっぽりと被り、しばらくベッドから出ることを抵抗してモゾモゾと体を動かしていた。冷え切った寝室の空気へと飛び出すには、それなりの覚悟が必要だったが、そんな彼女の固い決意(という名の怠け心)を容易く打ち砕くものが、キッチンの向こうから漂ってきた。
朝食の美味しそうな香りにつられてごそごそと起き出す。
それは、香ばしく焼けた小麦の匂いと、バターが熱いフライパンの上で弾ける、たまらなく愛おしい香りだった。リコは這い出るようにベッドを抜け出し、まだ半分眠っている身体を引きずるようにしてダイニングへと向かった。
「クリス、おはよう……」
リコは眼鏡の下に手を突っ込んで、ゴシゴシと目を擦っている。
寝癖でパサついた髪のまま、ひどくだらしない姿で現れたリコに対し、朝食のパンを温めていたクリスはいつもの通り穏やかに笑った。
完璧に整えられた金髪が、窓から差し込む冬の薄日を浴びて淡く輝いている。下働きとしてのお屋敷での経験がそうさせるのか、彼の立ち居振る舞いは朝一番であっても退廃的なほどに優雅だった。リコはこのクリスの優しい笑顔が大好きだ。
彼の側にいると、自分がどんなに不格好であっても許されるような、全肯定の心地よさがあった。
ここにジルがいたならば、だらしがないだの顔をさっさと洗えなど口うるさく言われたに違いない。
「やあ、おはようリコ。もうすぐ朝食ができるよ。顔を洗って目を覚ましておいで」
「はーい」
言われてリコはパタパタと洗面所へ向かう。
冷たい水で顔を洗うと、ようやく脳細胞が活動を始めた。顔を洗って眼鏡をかけ直し、いつものように三つ編みを結ぶ。
素早く身支度を整えてダイニングに戻ると、テーブルの上には幸せな香りとおいしそうな光景が広がっていた。
「うわあ、良い香りー!」
リコがダイニングに来ると、既に香りの良いパンとサラダ、オムレツが準備されている。
きつね色に焼き上げられた丸パンからは湯気が立ち上り、オムレツは芸術的な曲線を描いて皿の中央に鎮座していた。
「いただきまーす!」
リコは嬉しそうにオムレツを口に運んだ。
フォークを入れた瞬間、中からトロリとした黄色い中身が溢れ出す。中にチーズが入っている。なんて罪な組み合わせなんだ。
濃厚な卵の甘みと、塩気の効いたチーズのコクが口いっぱいに広がり、リコの顔は一瞬で幸福感にふやけた。
「リコは本当に美味しそうに食べるね」
目の前に座って同じ朝食を食べているクリスがニコニコとリコを見つめて言いた。
その吸い込まれそうなほどに澄んだ青い瞳が、リコの咀嚼する様子をじっと愛おしそうに追っている。
「美味しいものは大好きよ!」
「僕と同じだ」
リコが返事をすると、クリスも嬉しそうにパクパクと朝食を口に運ぶ。
二人の間に流れる、いつも通りの穏やかで温かい日常の音。しばらくリコがモグモグと朝食を食べていると、不意にクリスが顔を上げた。
「リコが良ければ、これから毎日朝食を作ってあげるよ。これから、ずっと」
「え、いいの!?嬉しいー!私朝は苦手だから……」
リコは深い意味も考えず、テヘヘと笑いながらポリポリと頬をかいている。
毎朝この美味しいオムレツが食べられるなら、これほど最高なことはない。しかし、クリスの表情は彼女の脳天気な反応とは裏腹に、驚くほど真剣なものへと変わっていた。
「違うんだ、リコ。そうじゃない」
いつになく真剣な声にリコが首を傾げてクリスを見ると、彼のまっすぐな眼差しと視線がかち合った。
その瞳の奥にある熱量に、リコは思わず息を呑んだ。いつも彼女をからかうような、あるいは一歩引いて見守るような柔らかい光ではない。それは、一人の大人の男が自らの人生をかけた、退路のない強い意志の光だった。
「僕は、君に一生を捧げたい。君と一生を共に生きたいんだ。リコ……君が好きだ」




