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見つけたマットの墓は、意外にも綺麗に手入れされているようだった。
周囲の墓が苔に覆われ、文字も読めなくなっている中で、そのマットの墓だけは、古いながらも石の表面が白く磨かれ、雑草ひとつ生えていなかった。誰かが墓守をしているようだ。
直系の家族は全滅しているはずの家系。にもかかわらず、これほど丁寧に管理されているということは、戸籍には載らない「生きた繋がり」が今も存在している動かぬ証拠だった。
期待していなかったがこれは手応えがありそうだとジルはしばらく待ってみることに決める。
近くの大きな樫の木の影に身を潜め、外套の襟を立てて寒さを凌ぐ。
寒い風が駆け抜ける中、しばらく待っていると墓地の方へ向かって二人の男がやってきた。
静寂に包まれた墓地に、カサリ、カサリと不規則な足音が近づいてくる。ジルは息を殺し、影からその姿を凝視した。
年老いて杖をついた老人と、それを介助しながら若い男がやってくる。
老人は粗末な麻の服を着ており、腰が深く曲がっている。若い男はその息子か孫だろうか、実直そうな顔立ちで老人の身体を支えていた。遠くからその様子を見守っていると、二人はマットの墓に花を手向けて頭垂れた。
……ビンゴだ。
ジルの直感が正しかった。彼らはただの通りすがりではない。この墓の主と関係を持つ人間に違いない。
二人が目を閉じ、静かに祈りを捧げる時間を邪魔せぬよう、ジルはしばらく待った。簡単な墓掃除を始めた二人にジルは近寄って声をかける。
老人が帽子を脱いだその瞬間、ジルの視界にその頭部が飛び込んできた。海坊主のような頭の老人は、少し頭が寒そうだ。余計な心配をするべきではないとジルは慌てて邪心を払う。
ジルは表情を仕事のそれに引き締め、一歩前へと踏み出した。
「すみません、ご老体。少しお話を伺っても?」
ジルが制帽を脱いで挨拶をすると、二人は手を止めて顔を上げた。
若い男が瞬時に警戒の色を浮かべ、老人の前に出ようとしたが、ジルの制服を見て、老人は制するように手を挙げた。
「やあ、わしに何かようかね?」
老人は杖をついてこちらを向く。
その顔には、先ほどの老婆とは異なる、純朴で温和な人生の足跡が刻まれていた。ジルは真っ直ぐに切り込んだ。
「実は、この墓に眠るマット氏の息子について伺いたいんですが。リオン氏をご存知ですか?」
「ほう、もちろんじゃ」
老人は嬉しそうに目を細めた。懐かしい話をできる友を見つけたような表情だ。
長い間、誰からも顧みられることのなかった親友の思い出。それを尋ねてきた若い軍人に対し、老人は警戒するどころか、どこか懐かしむような至福の光を瞳に宿した。
「マットとわしは親友じゃったからのう。もちろん、リオンも知っておるぞ……流行病で亡くなってしまったのは本当に残念じゃった」
「流行病で亡くなった……?」
初めて聞く情報だ。当たりらしい。この老人は詳しい話を知っている。
人民帳にはただ「死亡」としか記載されていなかったリオンの死因。それが流行病であったという具体的な事実。ジルは胸の高鳴りを抑えながら、言葉を重ねた。
「私は王城で働く兵士です。少し調査をしておりまして、詳しくお話し願えますか?」
ジルが聞くと、老人はうんうんと頷いた。
杖を両手で支え、遠い過去の記憶を呼び起こすように、墓石を見つめながら静かに語り始める。
「かまわんよ。懐かしいのう。マットとリオンは反りが合わんもんでな、大喧嘩をしてリオンは駆け落ちしたんじゃ。相手の娘は誰じゃったかのう……?はて、名前は覚えておらんが、王都の繁華街で水仕事をしておったからのう。マットは大反対したんじゃ。しばらくして子供ができたと聞いて、マットは初孫ができたとこっそり喜んでおった」
老人の口から語られる、かつての親友の家庭と、密かな愛。
厳格で頑固だったマットは、息子の駆け落ちを許さなかった。しかし、血を分けた初孫の誕生には、一人の祖父として胸を躍らせていたのだ。だが、その幸福は長くは続かなかった。
「二人はどこへ駆け落ちしたか知っていますか?」
「王都のはずれの貧民街の孤児院近くに住んでいたようじゃ。あまり詳しくは知らんがのう。若い二人で苦労していたようじゃが、騙されてその子供を売り飛ばされたらしい。その後はすっかり気落ちして流行病で二人とも……ぽっくり逝ってしもうた」
ジルは固唾を呑んだ。どこかで聞いたことのあるような話だ。
王都の光の届かない底辺、貧民街。そこで生きる術を持たない若い夫婦が、悪徳な人身売買組織に騙され、最愛の我が子を奪われる。奴隷として売り飛ばされた子供と、絶望の中で病に倒れた両親。
実際このような話などどこにでも転がっているのだろう。珍しいものではない。
王都の裏社会では、呼吸をするように行われている日常的な悲劇だ。だが、ジルの脳裏にある「予感」が火花を散らした。
高級住宅街で下働きをしている、元高級奴隷の、あの金髪の青年。
ペンバーの屋敷で完璧なマナーを仕込まれ、今はリコの家で贅沢なスープを作る、あの男。
まさか。そんな偶然が、この世にあるはずがない。ジルは自らの冷や汗が頬を伝うのを感じながら、震えそうになる声を必死に抑え、とうとう核心に迫った。
「ご老体、その子の名がわかりますか?」
冬の風が、一段と強く墓地を吹き抜けた。
木々が激しくざわめき、冷気がジルの肌を刺す。老人は首を傾げて少し考える。
親友が死の間際まで呼び続けていた、その失われた初孫の名前。数十年もの間、誰の口からも突かれることのなかったその名前が、老人の乾いた唇から零れ落ちる。
「確か……クリスと言ったかのう。死ぬ間際までマットはクリスを探しておった」
その瞬間、世界からすべての音が消え去ったかのような衝撃が、ジルの全身を貫く。
ジルは、その瞳を見開いた。




