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 必死の、そしてこれ以上ない直球のデートの誘い。あの邪魔者を排除し、二人きりで甘い時間を過ごすための提案だった。


「えっ!ピザですか!嬉しい!行きたいです!」


 リコが椅子の上でぴょこんとはねた。一緒にミルクティー色のおさげもぴょこんとはねる。

 くそ、かわいい。


 彼女のその現金で愛らしい反応に、ジルの心は一時的に勝利を確信した。やはり、彼女を動かすには美味い食べ物が一番の特効薬だ。しかし、その甘い目論見は、対面に座るもう一人の男によって一瞬で打ち砕かれる。


「ピザだって?いいなあ。奴隷になってから、ピザなんて食べたことがないよ。僕も一緒に行きたいなあ?」


 ニコニコとクリスがリコにねだるように言う。ジルのこめかみに青筋がたった。

 またしても出た、必殺の「奴隷カード」である。自らの過去の不幸を武器にし、リコの底なしの同情心を正確に煽る卑劣な手口。クリスの計算通りの哀れみの視線を受け、リコは案の定、一瞬でその罠に飛び込んだ。


「そうね!クリスも一緒に行きましょ!ね、いいでしょジルさん」


「私は、リコと二人でデートがしたいんですが。遠慮してくれませんかねえ?」


 クリスに向かってジルは笑う。もちろん目は笑っていない。

 その視線は、戦場で敵兵を文字通り細切れにする時のそれと同じ、冷徹な殺気を孕んでいた。しかし、クリスもニコニコと食えない笑顔で答えた。


「美味しいものはみんなで食べた方が美味しいって言うよ。君はそんなに器量のない男なのかな?」


 食卓にブリザードが吹き荒れる。

 互いのプライドと執着が激突し、室内の温度が急降下していく。それに気づかないのはリコだけだ。いや、実際二人もリコに気づかれないように水面下でやり合っているのだが。


 リコが「?どうかしたの?」と不思議そうに首を傾げるたび、二人は瞬時に仮面を貼り直し、何でもないように振る舞う。その静かな盤上の戦が、毎夜この小さな食卓で繰り広げられていた。


 こうして今日もジルはリコをデートに誘うことに失敗した。


 結果として、またしてもあの金髪男を交えた奇妙なトリオでの食事会が決定してしまったのだ。王都に帰って来てからリコとの中が全くうまくいっていない気がする。


 北方での命がけの逃避行の最中の方が、よほど彼女との精神的距離は近かったのではないか。本当はあーんなことやこーんなことを色々とお楽しみしたかったのだ。

 恋人として手を繋ぎ、街を歩き、夜にはあの宿舎の続きのように、彼女のすべてをこの腕に抱きしめて甘やかしたかった。何もかもこの金髪クソ野郎のせいだ。


 ジルは胸の内で、あの静かに微笑む同居人に対し、何度目か分からない呪詛を吐き散らしていた。


 そんな中、ジルが仕事をしていると突然王に呼び出された。

 王都の政情は、新王の即位によって安定するどころか、むしろ水面下での権力闘争が激化の一途をたどっていた。今や年寄衆が勢力を増しており年若い王は苦境に立たされている。


 かつての先王を支えていた有力貴族や古参の臣下たちが、若い新王を侮り、自らの利権を拡大せんと、宮廷の至る所で派閥を形成して王権を圧迫していた。


 そんな政治の嵐の中、一兵卒に過ぎない自分に、なぜ王直々の召集がかかったのか。全く心当たりがないジルは首を傾げながら王の執務室へ向かった。


 重厚な彫刻が施された回廊を歩き、厳重な警備が敷かれた王のプライベートスペースへと近づく。

 ジルが人払いのされた執務室に通され中に入るとそこには既にユーゲン兵長がいた。


 あの三白眼の、常に冷徹で隙のないジルの上官が、直立不動の姿勢で佇んでいる。その横に並び、ジルは二人に敬礼をとる。

 部屋の空気は、外の廊下とは比べ物にならないほど張り詰め、重苦しい沈黙が支配していた。


「やあ、忙しいところわざわざありがとう」


 王が言った。表情に覇気は無く、どこか悲し気だ。

 若きヘクセル王の肩には、国家の全責任と、年寄衆からの陰湿な圧力が重くのしかかっているようだった。その疲弊した様子に、ジルは宮廷の暗部を垣間見る。


「いえ、」


「ゲイルのことについて、ユーゲン兵長から聞いたよ。僕のために色々と動いてくれていたようだね、礼を言うよ」


 ゲイルとは、ブラッド王子のお茶菓子事件で濡れ衣を着せられ処刑された男だ。

 かつて王宮を揺るがした、あの忌まわしい陰謀。未だにその全容は闇に包まれている。ジルたちが北方で命がけで動いていたすべての行動が、巡り巡ってこの若い王の耳に届いていたのだ。


「君たちは父上の言いつけで、証人を守ってくれていたそうだね。今は亡き父上の信頼を見込んで、君たちにひとつ頼みたいことがあるんだ」


 先王が遺した最後の遺産、そして信頼の鎖。

 王の切実な瞳に見据えられ、ジルは背筋を正した。自分たちのような辺境上がりの兵士に、国家の最高機密に関わる役目が与えられようとしている。


「頼みだなどと。陛下はただ、我らに命じてくださればよいのです」


 兵長が三白眼で無表情に言う。


「ご存知の通り、僕の手駒は少ないんでね」


 ヘクセル王は悲し気に言った。

 宮廷の大部分が年寄衆の息がかかった者たちで占められている今、新王が真に信頼し、手足として動かせる人間は、数人しかいないという現実。王は深くため息をつくと、静かに、しかし決定的な言葉を口にした。


「ある人を、探して欲しいんだ」


「ある人、ですか?」


 兵長が訝し気に尋ねる。

 百戦錬磨の兵長であっても、そのあまりにも漠然とした依頼には、眉をひそめざるを得なかった。


「ああ。歳がいくつなのか、男なのか女なのか、どこにいるのか、何をしているのか。何も分からない……やってくれるね?」


 王の言葉は、まるで雲を掴むような話だった。

 名前も、性別も、年齢も、居場所すらも不明。存在するということだけが確実な、正体不明の影を追えという密命。


「そんな、」


 ジルがつぶやいた。何も素性が分からない人物を探せと言うのか。無理な頼み事である。

 思わず口から漏れ出た呟き。しかし、実直なユーゲン兵長において、王直々の下命を拒絶するなどという選択肢など存在しなかった。


「おおせのままに」


 兵長が頭を下げた。それを見てジルはこっそり肩を落とす。上官の決定に従い、ジルもまた、深く深く頭を下げた。


 恐らく極秘の仕事になるのだろう。となればしばらく忙しくなりそうである。しかもなかなかに厄介な仕事になりそうだ。

 王都に蠢く見えない敵の網を潜り抜け、手がかりのない影を追う日々。


 ジルの脳裏をよぎったのは、あのクソ忌々しい金髪男と、無防備に微笑むリコの姿だった。

 自分がこの国家規模の任務に忙殺されている間、あの家ではリコとクリスが二人きりで過ごす時間が劇的に増える。あの男がここぞとばかりにリコに甘い言葉を囁き、その距離を縮めていく光景が、容易に想像できてしまった。


 ああ、リコとの時間がますます無くなりそうだとジルは天を仰いだ。





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