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リコと金髪の優男がきゃっきゃと戯れ合う様子に一瞬ジルは思考停止し、気がつくとキッチンに乗り込んでいた。
二人は床の上で、まるで恋人同士が睦み合っているかのように、楽しそうに笑い声をあげて転がっている。リコの顔は赤く染まり、男の手が彼女の身体に触れている。
「……リコ?」
まさか自分からこんなに冷たい声が出るとは思っていなかった。
それは、地獄の底から響いてくるような、凍てついた響きを持った声だった。ジルが目を離していたわずかな隙に、またモデルなどと言ってイケメンを自宅に引っ張り込んで来たのだろうか。裏切られた気持ちで混乱しながらジルはキッチンで転がるリコと上に跨る男を見下ろす。
ジルの全身から、平時の彼からは想像もつかないほどの、凄まじい殺気と冷気が放たれていた。
「あ、あれ……ジルさん?」
リコがこちらに気づいて、顔が青ざめた。
彼女は自分の上にいる男の身体を押しのけようともせず、ただ目を見開き、いつもする下手くそな愛想笑いを浮かべて様子を見るようにこちらを伺っている。
その、まるで浮気がバレた言い訳を探すかのような態度が、さらにジルの心の傷口を深く抉った。
異変に気づいたように金髪の男がこちらを振り返った。
その男の容姿が、ジルの網膜に不愉快なほど鮮明に焼き付く。垂れた瞳に泣きぼくろがよく似合っている。腹が立つほど整った顔立ちの男だ。
優しげで、女性の扱いに関していかにも慣れていそうな、洗練された甘いマスク。その男は、ジルの放つ殺気に対しても怯むことなく、むしろ当然の権利を主張するかのように、ゆっくりとリコの上から退いた。
「どちらさまかな?」
男はリコの手をひいて立ち上がらせると、リコを庇うように一歩前に出た。
その、当然のようにリコの手を握り、自分の背中に隠す立ち居振る舞いもジルの気に触る。
「それはこちらのセリフです。あなたはまた変な男を家に連れ込んでいるんですか?リコ?」
氷点下の温度を撒き散らしながらジルはリコに詰め寄った。
言葉の刃が、リコに向けて容赦なく放たれる。「また」という言葉には、ジルの積年の焦燥感が混じっていた。
「ち、違うの、ジルさん話を聞いて……?」
リコがジルの表情を見て怯えるように男の服の袖を掴んだ。
その手の動きが、その指先が、ジルの理性を完全に終わらせた。自分を頼るのではなく、目の前の、出会ったばかりのはずの金髪の男の袖を掴み、助けを求めている。その構図そのものが、ジルには耐え難かった。最早ジルは限界だ。
ジルの様子を見て、相手の男が割って入った。
金髪の男の瞳から優しさが消え、一瞬にして一人の「男」としての冷徹な光が宿る。
「君こそ、人の家に断りもせず入ってくるなんて無礼な男だ」
バチバチッと二人の男の間で何かが飛び散った。
視線と視線が空中でお互いを拒絶し合い、激しい火花を散らす。お互いに冷たい目をして一歩も引く気配はない。
ジルは軍人としての威信を、男は別の何か譲れないプライドを懸けて、狭いキッチンの中で激しく対峙していた。
「人の家……?」
ジルがこめかみに青筋を浮かべながら言うと、金髪の男は当然だとでもいうふうな目つきをして言う。
その男の言葉には、一切の迷いも、虚飾もなかった。
「そうです。私とリコの家です」
一瞬、ジルの頭が混乱した。
私とリコの家。その単語が、ジルの脳内で何度も何度も不吉なエコーをかき鳴らす。
この金髪野郎はリコと一緒に住んでいるとでも言うのだろうか。
王都に来てたった一週間。リコとは心を通わせたと思っていたのに、実はそれは自分だけでリコはもうほかに男を作って同棲しているとでも言うのだろうか。
すべて自分の都合のいい勘違いだったのか。彼女にとって自分は、ただの便利な護衛に過ぎず、王都に帰ればこうして別の男と愛を育むための、ただの通過点だったというのか。
「どういうことです?リコ。」
ジルが地を這うような声を出すと、リコは喉の奥で怯えたような声を出し金髪野郎にしがみついている。
「あ、あの……」
「こっちへ来てください。」
——いい加減限界だ。
ジルのことを見て怯えるリコも、頼るよう金髪野郎にしがみついている様子も何もかもが彼の癪に障る。
彼女を今すぐその男から引き離し、自分の腕の中に閉じ込めて、すべてを問い詰めたい。
ジルが金髪男からリコを引き剥がそうと彼女に手を伸ばすと、金髪野郎がその背の高い体を動かしジルの動きを遮った。
男の身体が、ジルの伸ばした手を物理的に、そして完璧に阻む。
「彼女が怯えています。帰ってくれませんか?」
男の冷徹な、しかし極めて正当な拒絶の言葉。
ジルは瞠目した。
差し伸べた自分の手が、空中で虚しく静止する。リコは男の背中に隠れるようにしてこちらの様子を上目で窺っている。
なんとも言い難い、落胆と悲しみと怒りと傷付けられたような気持ちが一緒くたになって襲ってくる。
これ以上、この場所に留まることは、彼自身のプライドが、そして何より壊れかけた心が耐えられなかった。
「……わかりました」
ジルはそれだけ言うと、踵を返し足早に家を去った。




