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 王が崩御なされた。


 その激震のニュースは、街全体がまだ昨晩の『月詠祭』の華やかな余韻に浸っていた翌日の早朝、突如として北方の要塞デンバー領にもたらされた。

 急報を伝える早馬が泥を跳ね上げながら城門をくぐり、息を切らせた使者が将軍府へと駆け込んだとき、要塞全体の空気が一瞬にして凍りついた。聞けば、一週間ほど前に王都の深奥にて急逝されたという。その悲報は早馬で知らされ、午後には街中に広まっていた。


 要塞都市の至る所に設置された巨大な鐘が、重々しく、そして悲痛な音色で、崩御を告げる弔鐘を鳴らし始める。昨日までの万国旗や花飾りはすべて取り外され、街は一変して深い静寂と、漆黒の喪の色彩に染め上げられていった。


 この国家の非常事態に、デンバー領に滞在していた王族たちも即座に動かざるを得なかった。

 月詠祭を楽しんでいたフェフィリア妃殿下とブラッド王子はイデール王国への帰国を延期し、ギラス将軍と共に葬儀への出席のため急いで王都へ向かった。


 アンジも将軍の護衛としてデンバー領を離れたため、リコは一日中ヒナといた。夜は隣にベッドを構え、ヒナと共に寝ることになっている。

 将軍府の皆は殯の期間、喪に服して喪服を着ている。

 華美な装飾は一切禁じられ、使用人から高官にいたるまで、全員が黒一色の衣服に身を包んでいた。軍は礼装を義務付けられ皆詰襟を着込んでいた。

 昨日のお祭り騒ぎはどこへやら、誰もが声を潜め、廊下の隅や食堂の片隅で、王の死について噂をしている。


「陛下が崩御なさるなんて……」


「まだまだご健勝でしたのに。やはり、王都の政争による暗殺ではなかろうか……」


 将軍府の噂話は絶えない。不穏な空気の中、人々の関心はすでに「次の権力者」へと向いていた。陛下の崩御により、即日第一王子のヘクセル王子の即位が決定したという。


「ヘクセル王子はお若いし、地盤はまだまだ盤石ではありませんわ。年寄衆がのさばるのが目に見えております」


「デンバー領は貧しいところだ。少しでもマシな政策をしてくれるならヘクセル王子でも年寄衆でもかまわんのだが」


 皆口々に好き勝手を言った。国家の頂点がすり替わる瞬間の動揺が、この北方の要塞にも確実に波及していた。


 数日後、要塞全体の混乱が少しだけ落ち着きを見せた頃、ジルが一通の手紙を握りしめリコの元を訪ねた。

 彼の纏う軍服の詰襟は寸分の乱れもなく、その表情はいつになく真剣だ。


「アリナ、お話があります。ヒナさん、すみませんが、少し外していただけますか?」


 ジルに頼まれて、空気の重さを察したヒナがスッと部屋を退室する。

 静かにパタンと扉が閉まり、部屋に完全な二人きりの沈黙が訪れた。それを確認してジルはリコに向き直った。その灰色の瞳が、複雑な揺らぎを湛えてリコをじっと見つめる。


「ユーゲン兵長から便りが来ました。陛下の死に伴い、王都へ戻って来るようにとあります。私は王都へ戻らねばなりません。……あなたはどうしますか?」


「私も王都へ戻ります。やり残した事があるんです」


 リコは即座に答えた。迷いのない、確固たる声音だった。

 その返事を聞いてジルは分かっていたかのように眉を下げる。彼は小さく溜息をつき、一歩近づき、リコの肩に手を置いた。腰を屈めて、リコと視線を合わせている。その手のひらからは、彼女を危険な場所に帰したくないという強い葛藤が伝わってきた。


「陛下の死により、あなたの身の危険も去っただろうと兵長は書いてあります。証人というカードを使うことができた陛下が亡くなれば当然のことかもしれませんが……どうしても行きますか?ここに残っても良いのですよ?」


 ジルの声は優しく、そしてわずかに懇願するようだった。


「あなたがここに残るのなら、私はすぐに身の回りを片付けてこちらへ戻ってきます。そのまま二人で静かに暮らしてもいい」


 ジルの言葉はとても嬉しかった。この北方の地で彼と二人、静かに、そして平穏に暮らす未来。それはどれほど魅力的で、幸福な選択肢だろうか。

 だが、リコにはどうしてもしなければならないことがあった。


「いいえ、王都へ戻ります。どうか私も一緒に連れて行ってください」


 ジルは諦めたように、口元を僅かに緩めた。


「……わかりました」


 二人は将軍府の皆に別れを告げて、王都への旅に出た。

 デンバー領の長官たちや図画館の仲間たちは、急な別れを惜しみながらも、二人を温かく送り出してくれた。行きは罪人の護送だったため徒歩の過酷な道中だったが、今回は軍から上質な馬を貸してくれたので、行きよりも帰りは早く帰れるだろう。元々荷物の少ない二人は身軽に旅を始めることができた。天候さえ崩れなければ、2週間もあれば王都に着くことが出来るだろう。

 初秋の爽やかな風が吹く街道を、二人を乗せた馬が駆け抜けていく。

 その日の宿場につき、ジルは宿に馬を繋いだ。四階建てのその宿屋はとても立派なものだ。白壁に美しい彫刻が施され、街道沿いでも一際目を引く高級な佇まいをしていた。行きは罪人を連行していたため、指定の簡素な宿に泊まるしか無かったのだが帰りはどうやら訳が違うらしい。


「いいんですか、ジルさん。こんな高そうな宿……」


「経費ですから、いいんですよ。むしろいいところに泊まってやりましょう」


 どうやらこの旅費も経費で落とせるらしい。ジルは悪びれる様子もなく、どこか楽しげにそう言った。リコは納得するとすごすごとジルについて宿に入った。


「デンバー領にいる間の金銭は全て経費で落とせますし、デンバー領で働いた分の給料をギラス将軍がくださっていました。本来の兵団の給料も出張手当付きで出ていましたので私の財布もホカホカです。気にすることは何もありませんよ」


 いつもは堅実なジルが、妙に太っ腹である。

 ジルは受付で手続きをすると、部屋の鍵をもらって部屋へ向かった。

 ……おかしい。リコは彼の動きを凝視していたが、彼は鍵を一部屋分しか受け取っていない。


(まさかまさか同室に泊まるつもり……?)


 リコが訝しんでいると、そのまさかが起こった。

 階段を上がり、高級感のある絨毯が敷かれた廊下を進む。


「あった、四〇六号室はここですね。」


 ジルがガチャリと扉を開く。

 リコが恐る恐る部屋を覗き込むと、部屋の中央にはデデーンとでっかいベッドが置かれていた。シルクのシーツが掛けられた、明らかに二人用のキングサイズベッドである。


「ジルさん、もしかして一緒の部屋に泊まるんですか?」





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