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 妃殿下の強い意志を灯した声は、静かな外廊下に高く響き渡った。彼女の瞳には、涙に似た激しい情念が燃え盛っている。アンジはただ、口角を硬く結んだまま、静かに視線を上げずに彼女の言葉を受け止めていた。


「お前のような罪人にはそのゴミがお似合いよ!……お前のことは許さぬ!二度と私の視界に触れるな!」


 痛烈な拒絶の言葉。それだけを激しく言い捨てると、妃殿下は激しく踵を返し、美しいドレスを翻して外廊下を去って行った。ブラッド王子やお供たちも、その後を追うように立ち去っていく。

 嵐が去った後のような静けさの中、リコがアンジを見ると、アンジは口元を結んで、夕暮れの光の中でただ黙って立っている。その背中はどこか小さく見えた。


 罪人。


 妃殿下は、アンジのことを確かにそう呼んでいた。

 アンジがかつて何か大きな罪を犯し、島流しになってこのデンバー領に来たこと自体は、リコも聞いて知っている。だが、実際にこの要塞で暮らす人々は、誰もがアンジのことを心から慕っているし、絶対的な権力を持つ将軍様も、彼を信頼できる者として重用しているようだった。何よりこの数日間、不器用ながらも自分を守り、優しく接してくれたアンジの人柄を知った今、リコも彼のことが大好きである。


(一体、どんな罪を犯して島流しになったんだろう――)


 リコは、初めてアンジの犯した過去の罪が何であるのか気になった。

 だが、固く口元を引き結んで、恐らくその心の奥底にある傷口を容赦なく抉られたのであろう男に、これ以上詮索するような真似をする気には到底なれなかった。今の彼に必要なのは、冷たい尋問ではなく、ささやかな寄り添いのはずだ。


「アンジさん、行きましょう」


 リコはそっと両手のゴミ袋を抱え直し、空いた手でアンジのたくましい腰のあたりに手を添えた。

 アンジがそっと頷いて、二人は再び裏庭へと歩き始める。

 夕闇が迫る廊下を歩く二人の影が、長く伸びていた。




◇◆◇





 その夜、いつもの三人娘がリコの部屋で顔を突き合わせてお茶を飲んでいた。

 部屋の中央に置かれた丸テーブルの上には、エリカがどこからか調達してきたという香ばしいハーブティーが温かい湯気を立てている。

 リコ、それから護衛のヒナ、そしてエリカの三人は、いつの間にかエリカが遊びにきた夜は女子会を開くことが常となっていた。

 温かいお茶を一口すすり、ふと日中から胸の中に燻っていた純粋な疑問が、リコの口から滑り出た。


「アンジさんって、一体何の罪を犯したんですか?」


 リコの唐突の問いに、ヒナとエリカは顔を見合わせた。

 数秒の沈黙が部屋の空気を満たす。リコにとっては、丸一日自分を影のように守り、時には不器用ながらに洗濯物干しまで手伝ってくれるあの実直な男が、なぜ「流刑の身」としてこの厳しい北の果てに送られたのか、ただ純粋な好奇心からの問いだった。

 エリカはカップをそっと傾け、困ったようにヒナへ視線を送った。


「ヒナちゃん知ってる?」


「私は、全く」


 ヒナはあまり興味がないのか平然と茶を啜っている。キリリと釣り上がった猫目に背筋の伸びた姿勢は、シンプルな無地のティーカップでも品があるように思わせた。

 彼女は生まれながらの厳格な武人であり、上司であるアンジの過去を不必要に詮索すること自体が、軍規や敬意に反すると考えているのかもしれない。その冷徹な横顔は、相変わらず要塞の硬質な石壁のようだった。しかし、情報通のエリカの反応は全く異なるものだった。


「あくまで噂だけど……」


 エリカが悩むように指を顎に当てている。凄まじく色香が漂う。

 ランプの灯りに照らされた彼女の艶やかな唇が、妖しげな弧を描いた。


「あまりにもモテすぎて王都から追放されたとか、若い時に女を食い散らかして、挙句高貴な貴族のご婦人を孕ませて怒った夫に追いやられた……とかなら聞いたことがあるわ。だけど、どれも噂ね」


「そんなの信じられません……」


 リコはぶんぶんと頭を振った。アンジと丸一日一緒にいる身としてはそんな人柄とは思えない。

 日中の彼の生真面目な仕事ぶりや、洗濯物を干す姿を思い返せば、そんな不実でふしだらな男であるとは到底思えない。リコの断混とした否定に同意するようにエリカとヒナも頷いている。


「全く同感です」


 ヒナが短く、しかし確かな信頼を込めて同意した。


「私も信じられないわあ。アンジさんてば本当に女っ気がないのよ?月詠祭も毎年たくさんの女性に言い寄られているのに、全部断っているんだもの。ああ、私も一度アンジさんみたいな素敵な男に抱かれてみたいわあ」


「そのうち男に刺されますよ」


 ヒナが呆れたような視線をエリカに投げている。

 エリカの奔放すぎる冗談をヒナが容赦なく冷たく切り捨て、リコは思わずクスリと笑ってしまった。


「そういえば!月詠祭で思い出したけど……」


 エリカがハッとしたように声をあげ、自分の足元に置いていた大きな革製の鞄をゴソゴソと漁り始めた。




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