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「え、私にですか?」
恐る恐るリコは受け取る。
それはリコの膝の上に乗る程度の大きさで、最果ての武骨な街にはおよそ似合わない、繊細で細いピンクのリボンが丁寧にかけられていた。ジルの無骨な鞄に入っているにしてはとても似合わないものだ。彼がこの愛らしい箱を軍用鞄に忍ばせ、どのような面持ちでここまで運んできたのかを想像すると、リコの胸の奥が妙にむず痒くなった。
「開けてみてください。」
ジルに促されてリコは細いリボンを解いて、箱を開いた。
絹が擦れるような小さな音を立ててリボンが外れ、薄い黄色の箱の中から、可愛らしい花の柄の入った靴が出てきた。それは柔らかく上質な革で作られており、最果ての厳しい冬にも耐えられるよう頑丈に縫製されながらも、女性らしい可憐な刺繍が施された、実に素晴らしい一足だった。
「わあ……かわいい!」
思わずリコの口から、感嘆の声が漏れ出た。その瞳が、まるで宝物を見つけた子供のようにキラキラと輝く。
「あなたの靴には穴が空いていたでしょう?たまたま見かけて、あなたに似合いそうだったので買ってきたんです」
どこかホッとした様子でジルが言う。
王都からの命がけの逃避行の際、リコが履いていた靴はボロボロに擦り切れ、底には小さな穴が空いてしまっていた。それをジルは、言葉に出さずともしっかり気づいてくれていたのだ。多忙な警備任務の合間を縫って、彼女のために街の市場を探し回る彼の姿を思い浮かべ、リコの瞳がキラキラと輝く。
「うれしい……私、とっても嬉しいです!これ、いただいてもいいんですか?」
「もちろんです。どうぞ履いてみてください」
リコはそっと靴に足を入れてみた。
今までこんなかわいい靴を履いてみたことがない。王都で絵師としてがむしゃらに働いていた頃も、自分の身なりにはほとんど無頓着で、常に街で一番安い靴屋で靴を買うのが常だったからだ。絵の具で汚れても構わないような、地味で頑丈な履物しか知らなかったリコにとって、その花柄の靴はまるで魔法の道具のように思えた。
靴を履いて椅子から床へと立ち上がり、嬉しさのあまり、くるりと回ってみせる。ふわりとワンピースの裾が広がった。
「ピッタリ……嬉しいですジルさん!ありがとうございます!」
はしゃいで嬉しそうにお礼を言うリコに、ジルも嬉しそうに笑った。
「そんなに喜んでいただけるなんて、こちらも選んだがありますね」
リコは嬉しくなって、部屋の中を歩き回った。新しい革の心地よい軋みと、床を叩く軽やかな音が、部屋の中に楽しげなリズムを刻む。こんなに素敵な靴を履いたことがないので、なんだか履くのがもったいない気もしてしまう。外の泥道を歩いて汚してしまったらどうしようという貧乏性が頭をもたげたが、それでも足元から伝わってくる温かさが、彼女の心をどこまでも弾ませた。
そんなリコをしばらく見た後、ジルは満足したように椅子から立ち上がった。
名残惜しそうな気配をわずかに漂わせながらも、彼は自らの外套を軽く整え、いつもの生真面目な軍人としての佇まいに戻る。
「それでは私はそろそろ部屋へ戻ります。お休みなさい、アリナ」
「ジルさん、ほんとうにありがとうございました。お休みなさい」
リコは胸の前に両手を添え、心をこめ感謝の言葉を述べた。足元の花柄の靴が、ランプの光を浴びて優しく輝いている。
ジルは部屋を出ようとドアノブに手をかけた。金属製の冷たいドアノブがカチャリと音を立てる。そして、帰り際にふと思い出したようにこちらを振り返った。
「その靴を履いて、月詠祭に来てください。待っていますね」
「えっ……」
「それでは、おやすみ」
呆気にとられるリコを置いて、ジルは部屋から出ていく。
パタン、と静かに扉が閉まり、部屋の中には再び元の静寂が戻ってきた。しかし、リコの心の中は彼が最後に残していった言葉によって、小さな疑問が渦巻いた。
「つくよみまつり……ってなに?」
しばらく考えてみたが、知らないものは知らない。
王都で生まれ育ち、絵の修行と仕事ばかりに明け暮れていたリコにとって、北方の辺境の地で執り行われる独自の祭事の知識など、あるはずもない。
リコはそっと扉を開けると、部屋の外の廊下で微動だにせず、影のように警護をしているヒナを呼び寄せた。
「ヒナさん、ヒナさん」
「何でしょうか?」
ヒナが尻尾のような長いポニーテールを靡かせ振り向く。その鋭い眼光は、廊下の暗闇を見張る戦士のものだったが、リコの姿を見ると、すっと親しみやすいものへと変わった。
「ちょっと来てください。」
リコはヒナを部屋へ呼び込むと、彼女に椅子を勧めた。ヒナは不思議そうな顔をして座る。普段は職務中に椅子に座ることなど決してない彼女だったが、リコのどこか切迫した様子に、ただ事ではないと感じたのかもしれない。
「ヒナさん、つくよみまつりって知っていますか。」
「つくよみ……月詠祭ですか?ええ、もちろん知っていますよ。」
「どんなお祭りですか?」
リコが身を乗り出して尋ねると、ヒナは少し意外そうな表情を浮かべ、それから納得したように頷いた。
「ああ、アリナさんは知らないんですね。月詠祭は二週間後に開かれる月のお祭りです。毎年この秋の季節の新月に開かれるお祭りで、月を偲んで詩を詠むんですよ。たくさん屋台が並んで、昼には曲芸師が来たり、とても楽しいお祭りです。夜には月を偲んで各々が詩を詠む大会が開かれます。それがどうかされましたか?」
「……ジルさんに誘われたんです。私、そのお祭りに行っても良いですか?」
「ええ、まあ護衛の私も一緒になりますが」
ヒナがそう言った時だった。
「いかーーーーん!!!!」
バターンと激しい音を響かせ扉を開いて、そこにエリカが立っていた。




