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「じゃあ、じゃあ……じゃあ、ジルさんの姿絵を描かせてください!!」
すがるような、それでいて妙に自信に満ちあふれた声が、王宮の裏手に続くうらぶれた回廊に響き渡った。
懇願しているはずのその瞳は爛々と輝いており、およそ「お願い事」をしている者の神妙さは微塵も感じられない。
「……またですか?」
ジルは、眉間にこれでもかと深い皺を刻み込みながら、ジトリとした、呆れたような視線を目の前の女——リコへと向けた。
しかし、そんなジルの視線など、彼女にとっては春先の心地よいそよ風程度の影響力しかないらしい。
「またですよ! 何回でも言います! ジルさんのその、整っているのにいつも不機嫌そうに死んでいる目と、無愛想に引き結ばれた口元、そして衣服の上からでもわかる無駄のない筋肉のつき方! これぞ私が今まさに求めている『世を憂う若き騎士』のモデルにぴったりなんです!」
「おい、さりげなく悪口と失礼な評価を混ぜるのをやめなさい」
「褒めてます! 最上級の賛辞です!」
ジルの目の前で、ミルクティーを少し薄めたような淡い色彩の髪が、彼女の熱弁に合わせてピョコン、ピョコンと小気味よく跳ねる。
どこか警戒心の薄い野うさぎのようだ、とジルは彼女と対峙するたびにいつも思う。
この野うさぎのような女は、あろうことかこの厳重な警戒が敷かれているはずの王城の古びた抜け穴から、まるで地面から湧き出るキノコか何かのように平然と侵入してくるのだ。
当然のことながら、一国の王が居住する城が、そのような不法侵入を許す抜け穴を完全に放置しているはずがない。
無論、軍や城内監視班によってその存在は把握されており、それどころか厳重な監視の目が向けられている。
だが、この目の前の能天気な少女は、そんな国家機密級の監視網に自分が引っかかっていることなど、露ほども気づいていないのだろう。
これまで何度も、それこそ数え切れないほど性懲りもなく出入りを繰り返し、そのたびにこうして下っ端兵であるジルに見つかり、説教を食らい、つまみ出されているのだ。
本来の軍の規定であれば、隠し通路から侵入してくるような不埒な輩は、すぐさま捕縛して地下牢にぶち込むか、あるいはあえて王宮内で自由に泳がせてその背後関係や動向を徹底的に探るのが鉄則である。
故に、普通の不法侵入者であれば、姿の見えない監視員たちが抜け穴への入退時刻を分刻みで記録に残し、一挙手一投足を見逃さないよう緊迫した空気が流れる。
相手がたとえ、物乞いの幼子であっても容赦はしない。なぜなら、幼子とはいえ他国の密偵に金で雇われ、小遣い稼ぎのために城内の間取りを探る手先になっている可能性が十分にあるからだ。国家の安全保障の前には、年齢も境遇も関係なく、徹底的な監視と冷徹な対処が求められる。
——が、そんな緊迫した国際情勢や軍の防諜活動など、このリコという少女は本当に、ただの一度も考えたことがないのだろう。
彼女が城に忍び込む理由は、いつも決まっている。
『絵のモデルを探すため』
ただそれだけ、本当にそれだけなのだ。
何の因果か、彼女が初めて城の抜け穴から顔を出した際、たまたま見回りをしていて最初に彼女を引っ捕まえ、こっぴどく説教をして追い払ったのがジルであった。
ただ、その偶然の出会いだけが理由で、いつの間にか軍の内部でも「リコが現れたらジルに処理させろ」という暗黙の了解が出来上がってしまい、すっかりジルの担当業務になってしまっている。
おかげでジルは、重要書類の作成中であろうが、軍備の点検中であろうが、「おいジル、またお前のところの女絵師が裏庭の生垣から首を突っ込んでるぞ」という同僚からの連絡が入ると、本来の仕事を中断して駆けつけなければならない。
リコの侵入目的が「ただの熱狂的な絵描きによるモデルハント」であることは、すでに監視班の間でも広く知れ渡っているため、今では国家に対する危険因子としては全く分類されていない。
だからこそ、面倒なだけで大した手柄にもならないこの「男を追いかけ回す女絵師の捕獲と追放」という役目が、組織の下っ端であるジルに毎度毎度押し付けられるのだ。
「いいですか、ジルさん。私は諦めが悪いことで近所でも有名なんです。ジルさんが『よし、分かった、我が麗しの肉体を君のキャンバスに捧げよう!』とモデルをしてくれると言うまで、しつこく、しつこーく、ここから一歩も動きませんよー。ここで干からびて、城の新しい怪談の幽霊になって夜な夜なジルさんの枕元に立ちますからね!」
「真顔で恐ろしい呪いの予告をするのはやめてください。あと、そんなセリフは絶対に言いません」
ジルは心底疲れたように、深いため息を一つ吐き出した。
リコと付き合っていく上で、この数ヶ月間で学んだことがひとつだけある。
リコの行動原理は極めてシンプルだ。彼女の目的は、自らの芸術的欲求を満たすために「男の姿絵を描くこと」のみ。
そしてその目的が一時的にでも達成されれば、彼女はそれ以上城を荒らすこともなく、驚くほど素直に、満足げな笑顔を浮かべて退散してくれるのだ。
ここで下手に拒絶し続けて時間を浪費するよりは、さっさと条件を飲んで要求を満たしてやった方が、結果として自分の仕事の遅れを最小限に抑えられる。実に見事な、そして誠に不本意な妥協案であった。
「はあ……わかりましたよ。もう、あなたの執念には負けました。今日の夕方、いつもの時間でいいですね?」
「やったー! 交渉成立です! さすがジルさん、話がわかる無愛想!」
再びジルの目の前で、あのミルクティー色の髪がピョコンと嬉しそうに跳ねた。
ちょうど頭ひとつ分ほどの身長差がある二人だ。リコが嬉しさのあまりその場でピョンピョンと飛び跳ねると、ちょうどジルの目の前の高さで、彼女の柔らかそうな髪がふわふわと揺れることになる。
それはどこか、目の前で猫じゃらしを振られた猫が覚えるような、妙な衝動をジルの内に呼び起こした。




