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「おい、時間だ。出ろ、尋問の時間だぞ」


 これといってすることもなく、リコがぼんやりと膝を抱えて木の板の上に座っていると、牢屋の外から荒々しい男の声がかかった。鉄格子が開けられ、リコは粗雑な手つきで廊下へと引っ張り出される。両腕には再び、前で交差させる形で重い手錠がガチリとかけられた。

 連れてこられたのは、窓が一つもない、四方を木壁で囲まれた小さな尋問室だった。机を挟んで用意された木製の椅子に、リコはドスンと座らされる。

 一体これから何をされるのだろうか、爪を剥がされたりするのだろうかとリコが内心ビクビクと身体を震わせていると、大きく退屈そうなあくびをしながら、酷く気だるそうな雰囲気を纏った中年の尋問官が室内に入ってきた。

 その男は、無精髭を生やし、制服のボタンをいくつか外しただらしない格好をしていたが、その気だるげで退廃的な雰囲気は、これはこれで王都の目の肥えた貴婦人たちに「放浪の芸術家風イケメン」として姿絵にすればなかなかの高値で売れそうである。こんな極限状態であるにもかかわらず、リコは職業病ともいうべきその癖で呑気に不謹慎なことを考えていた。

 尋問官は、ドサリと薄い資料の束をリコの目の前の机に放り出すと、面倒くさそうに指先でペラペラとめくり始めた。


「名前はアリナ……王都からの連行記録にはない名だが、お前で間違いないか?」


 リコは喉を鳴らし、小さく首を縦に振って頷いた。


「ふむ、では訊くが。なぜお前のような身元不明の小娘が、あのような辺境の危険な街道に一人でいた? 何を目的としていた」


「…………」


 リコにできることは、今までと同様、ジルの忠告を守って「沈黙」を貫くことだけだ。


「お前を執拗に狙っていたという、あの黒装束の刺客は何者だ?どこの組織の人間だ」


「…………」


「お前が持っていたカバン。あの底に隠されていた、一介の平民には到底手の届かないあの不自然な大金は、一体如何にして手に入れたものだ。どこから盗んだ?」


「…………」


 何を訊かれても一切口を開かず、ただじっと床を見つめて黙するリコに対し、尋問官の男はすぐにつまらなさそうに、不規則なリズムでトントンと指で机を叩いた。その目は、最初からリコを人間として見ていないようだった。


「どこまでも答えぬつもりか、頑ななことだな……」


「…………」


「まあ、構わんがね」


 男は、あっさりと手元の資料を机の上に放り投げた。そしてドサリと大きな音を立てて椅子に腰掛け、背もたれに深々と背を預ける。リコが「え?」と訝しんで顔を上げると、男は気だるげに目を瞑ったまま、淡々と、しかし恐ろしい内容を話し始めた。


「アリナ。お前が沈黙を貫こうとも、状況証拠はすでに完璧に揃っている。お前はあの夜、国境沿いの街道で王都から派遣された正規の護衛兵である『ジル』という男を不意打ちで襲撃した。そして連行中だった罪人カインズを殺害し、彼らの金品を強奪した。さらに自らの正体を隠すため、兵士の制服を剥ぎ取って着用し、逃亡を図った……その逃亡の最中、分け前を巡って仲間割れに遭い、狙われ、背中を撃たれた。……以上が、我々が導き出した今回の事件の全容だ。お前が犯した罪は、軍人に対する強盗殺人。……このデンバー領においては、放火殺人の次に重い大罪だ」


「……っ、違います!そんなこと、私はやってない!私は誰も殺してないし、制服だって、ジルさんが私を守るために……!」


 あまりの冤罪の凄まじさに、リコは椅子から身を乗り出して叫ぶように声を上げた。しかし、男は冷淡に片手を上げて彼女の言葉を遮った。


「お前の拙い言い訳のために割く時間など、我が警備隊にはないのだよ。お前が真実を答えないのであれば、この書類の通りの罪状で処理することで何の問題もない。強盗殺人の大罪として、このまま略式で書類裁判を通す。そうだな、端的に言えば、運が良くて終身島流し、妥当な線で『即刻死刑』といったところだ」


 尋問官の男は、まるで今日の夕飯の献立でも決めるかのような気だるさで席を立ち上がった。


「待って、お願いだから待って!本当に私は何もやっていないの!私はただの……!」


 必死の形相で食い下がるリコを、めんどくさそうに冷たく見下ろした後、尋問官は部屋の扉のノブに手をかけ、部屋を出る直前に吐き捨てるように言った。


「今日の午後には、略式で正式な判決が出るだろう。そして、明日にはさっそく刑が執行される。ここは北の果ての貧しい要塞だ。お前のような身元のわからない人殺しの罪人を、いつまでもタダ飯を食わせて世話するほどの余剰な税など、このデンバー領には賄われておらんのだよ」


 尋問官はポリポリと頭をかきながら、リコの制止の声を完全に無視して退室していった。

 取り残された尋問室の中で、リコは顔から血の気が完全に引いていくのを感じながらつぶやいた。


「嘘……でしょ……?」


 外で暗殺者に怯えて逃げ回るよりも、要塞の牢屋の中で大人しく守られている方がマシだなんて、とんでもないお門違い、大勘違いだった。

 このままでは、陰謀の真実に辿り着く前に、明日の昼には濡れ衣を着せられたまま、自分の首が物理的に胴体から飛んでしまうかもしれないのだ。


「な、なんとかしなきゃ……ここから、逃げ出さなきゃ……!」


 再び冷たい地下牢へと連れ戻される最中、リコは藁にもすがる思いで、必死になって辺りの構造をよく観察してみた。

 しかし、見れば見るほど絶望が深まるだけだった。牢屋の建物の入り口には、見るからに強そうな二人の門番が槍を携えて立ち、中に入れば受付らしき男が常に監視の目を光らせている。入り口を通り過ぎてから自分の房にたどり着くまでには、幾重にも重なる頑丈な扉を、太い鍵を開けては閉め、開けては閉めという動作を何度も繰り返し通過しなければならなかった。信じられないほど厳重に管理されている。

 さらに、リコのいる房のすぐ目の前には、例の牢番らしき二人の男が、交代で常に机に座ってこちらを見張っていた。房を仕切る太い木の柵は、リコの細い鶏ガラのような手では、どれほど力を込めて引っ張ったところでピクリとも動かない。

 硬い床の牢に再び手荒くぶち込まれ、鉄格子が閉まる重い音が響いた時、リコは完全に弱り果ててその場にへたり込んだ。

 一縷の望みをかけて、牢屋の柵や、壁を必死になって手で押したり蹴ったりしてみるが、もちろんびくともしない。夕方になり、牢番からいつも通りの質素な野菜スープが出されたが、明日自分は死ぬかもしれないという極限の恐怖を前に、とても食事を喉に通すような気力など湧かなかった。

 そしてリコの悪い予感は、最悪の形で的中することになる。


 夕食が下げられた直後、数人の武装した執行官がリコの房の前に立ちはだかり、冷酷な声で略式裁判の結果を読み上げた。


「罪状、強盗殺人。判決、死刑」


 どれほど涙を流して食い下がってみても、どれほど「私はやっていない」と事実を否定してみても、執行官たちの前では全く意味をなさなかった。彼らは感情を持たない機械のように、ただ淡々と、形式通りに手続きを進めていく。


 そんな絶望的な状況で今夜、眠ることなどできるはずがなかった。

 リコは暗く冷え切った牢獄の隅で、小さく身体をうずくまらせ、部屋に吹き込む容赦のない極寒の風に、歯をガチガチと鳴らしながら一晩中震え続けた。




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