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 若い団長が、驚きのあまり素っ頓狂な声を上げた。アンジもまた、着ていた衣服の格好や「城の兵士」という先入観から、てっきり若い男の兵卒だと思い込んでいたので、その事実には驚きを隠せなかった。


「着ていた兵士の制服も、サイズが明らかに合っていませんでしたし、何よりこの髪も……」


 医師はそう言って、枕元に置かれていた兵士の制帽をそっと持ち上げる。

 すると、それまで帽子の内側にきつく押し込められていた、柔らかなミルクティー色の美しい三つ編みが、制帽の下からハラリと滑り落ちて寝台の上に現れた。それは、荒々しい軍隊にはおよそ似つかわしくない、一人の若い少女の髪だった。


「身分を偽り、男装してまで逃げていたとなると、やはり何か尋常ではない訳がありそうです。幸いにも、矢が内臓に達するような大事は免れたようですが……しかし、この毒を完全に抜くには、一刻も将軍府へ連れて行くべきでしょう」


 医師の言葉に、団長はすぐに決断を下した。


「アンジさん、一足先に彼女を連れて帰ってくれ」


「承知した」

 アンジは短く応じると、まだ意識の戻らない、ミルクティー色の髪を持つ奇妙な女兵士を抱え上げ、再び外の愛馬へと向かう。

 商団の足に合わせているとあと三日はかかる旅程だが、宿場で馬を変えながら走らせれば1日足らずで到着する。

 馬の背に手際よく女を乗せ、彼女の身体が落ちないよう自らの強靭な腕で前座に固定しながら、アンジは力強く鞍にまたがった。




◇◆◇





 リコは、底のない深い泥の中から這い上がるようにぼんやりと目を開けた。

 視界に飛び込んできたのは、見慣れない真っ白な天井だった。壁も床も、すべてが清潔な白で統一された四角い部屋。どこか遠くでコポコポと静かにお湯が沸き立つような、穏やかな音が鼓膜を揺らしている。

 

 ——ここは、一体どこなのだろうか。

 

 記憶の糸を手繰り寄せようとするが、頭に霞がかかったように働かない。夜の森で不意に背中を襲った凄まじい衝撃。倒れゆく中で見た、月光に煌めく冷酷な刃。そして、突如現れた巨大な黒髪の男の影……そこからの記憶が完全に途切れており、どうしても思い出すことができなかった。

 自分がどのような状態にあるのかを確認するため、ベッドからのそりと上半身を起こそうとしたその瞬間だった。

 

「つっ……!」

 

 背中の傷口に肉を焼き千切られるような激しい痛みが走り、リコは思わず短い悲鳴を上げて起き上がることを諦めた。あまりの激痛にもはや仰向けで寝ていることすらできない。真っ白なシーツに包まれたベッドの中で痛む体をなんとか工夫して横に向け、荒い呼吸を整えた、まさにその時だった。


「あらあ、良かったわ。ようやく目が覚めたのね」


 頭上から、ふわりと春の風のように優しい女性の声が降ってきた。

 驚いて視線を向けると、栗色の髪をした一人の女性が心配そうな表情でリコの顔を覗き込んでいた。彼女が身に纏っているのは、非の打ち所がない真っ白なナース服。しかし、その胸元は生地がはち切れんばかりに豊満に膨らんでおり、リコは思わずそこに目を奪われた。

 女性の頬はふっくらとした健康的な輪郭をしており、栗色の短い髪は動くたびに緩いウェーブを描いて頬の横で柔らかく揺れていた。少し垂れ気味の優しい瞳はどこか少女のような幼さを感じさせるが、そのはち切れんばかりの圧倒的な豊満な体つきは、大人の女性としての濃厚な色香を漂わせている。

 ——全くもって、私のような「鶏ガラボディ」とは正反対の次元に位置する女性だ。

 視界がぼやける中で、リコは場違いにもそんな敗北感を覚えていた。

 「白衣の天使」という言葉がこれほど相応しい人はいない。その人は、ぽってりとした薄紅色の魅力的な唇を優しく引き上げ、安心させるように微笑んだ。


「気分はどう?自分がどこにいるか、わかるかしら?」


「……い、医院、でしょうか……」


 言葉を返そうとして、リコは自分の口から思ったよりもしゃがれ、掠れてしまった声が出たことに我ながら驚いた。喉が酷く乾燥している。女性は手に持っていた医療器具をトレイに乗せて再度サイドテーブルに置くと、もう一度リコの顔を覗き込んだ。


「そんなところよ。ここは将軍府の医療棟。あなたは背中に深い矢傷を負って、森の中で気を失っていたところをアンジさんに間一髪で助け出されて、ここに運び込まれたのよ。あれから……そうね、もう五日ほどかしら?あなた、ずっと高い熱を出して眠っていたのよ」


「五日も……そうですか……」


 それほどの長い間、自分は生死の境を彷徨っていたのだ。

 だとするならば、自分をその暗殺者の刃から救い出してくれたというその「アンジ」という人物にお礼を言わなければならない。リコはまだ完全にはまわらない頭で、ぼんやりとそんなことを考えた。


「あなた、お名前はなんていうの?お家の方や所属の部隊に連絡しないと、みんなきっとあなたのことを心配しているわ」


「名前、は……」


 尋ねられて、リコは本名を口にしそうになり、寸前で言葉を飲み込んだ。

 脳裏に、あの騒々しい王都の夜、自分にきつく手錠をかけながら「絶対に本名を名乗るな。顔が割れすぎている」と口酸っぱく偽名を使うよう忠告してきたジルの真剣な顔が蘇ったからだ。


「……私の名前は、アリナです」


 リコは咄嗟に嘘をついた。「アリナ」という偽名は、王都を出る前にジルが万が一のためにと考えてくれたものだった。

 偽名を名乗ったことで、胸の奥にジルの安否に対する巨大な不安が一気に押し寄せてくる。あの乱戦の最中、ジルは無事だったのだろうか。彼は今、どこでどうしているのだろうか。リコは不安と孤独感に、みるみるうちに顔を曇らせていった。


「アリナちゃんね?素敵な名前。私はここで看護師をしているエリカよ。よろしくね。ちょっとそこで大人しく待っててね、今すぐ先生を呼んで知らせてくるわ」


 エリカが部屋を出て行った後、すぐに中年の厳格そうな医師がやってきて、バタバタと慌ただしい診察が始まった。

 傷口の状態や脈拍を執拗にチェックされた後、医師から「矢に塗られていた毒は抜けたが、しばらくは絶対安静が必要だ」と厳しく告げられる。どのみち、背中の激痛のせいで指一本満足に動かせそうにないリコには、その言葉に大人しく従う以外の選択肢はなかった。


 その日の夜。部屋の明かりが落とされ、エリカが持ってきてくれた薄味の粥を、リコがスプーンで細々と口に運んでいる時だった。

 静まり返った廊下の奥から、重々しい足音が響いてきた。続いて扉の外がにわかに騒がしくなる。


「ちょっと、待ってくださいアンジさん!中に入ってはダメです!」


 制止するエリカの焦った声が聞こえた。何事だろうかとリコが訝しんで扉を見つめた、まさにその瞬間。

 バタン!と乱暴な音を立てて木製の扉が開け放たれた。







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