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 ジルに手を引かれどうにか城に辿り着いたものの、すでに高大な正門が閉ざされる閉門の時間は過ぎており、二人は薄暗い東の通用口から城に入る。

 普段なら厳重に立ち入りが制限される時間帯だが、ジルが手慣れた様子で通用口の小さな木製の扉を叩くと、中から顔を出した時間外受付の兵士がリコを見てニッコリ笑った。


「お、ジルとリコちゃんじゃないか。今日はつまみ出されるんじゃなく、入ってくるんだねえ」


 その親しげなからかいの言葉に、ジルの表情は一切緩まなかった。むしろ、その眉間の皺はさらに深く刻み込まれていく。


「急いでいるんですよこっちは。サッサと通してください。それからユーゲン兵長を事務室に呼んでください」


「はいはい、」


 受付の兵士はジルの尋常ではない気迫に何かを察したのか、苦笑いを引っ込めると、手元の管理日誌にサラサラと用紙に何かを記録し、入城の手続きを済ませる。ようやく通行の許可が出た二人は、夜露に濡れた城の庭を抜けて城内へ入った。


「まったく、あなたの顔はすっかり割れていますね……夜で人目が少ないのが幸いだ」


 ジルが何やら深い溜息をついている。昼夜を問わず、絵の題材を求めて城の敷地内に忍び込んでは衛兵たちに追いかけ回されていたリコの悪名、もとい知名度は、城内の下級兵士たちの間でちょっとした有名話になっていた。


 そんなジルの苦労や焦燥などどこ吹く風で、リコはジルに手を引かれたまま、職業病とも言える癖でキョロキョロと辺りを見回した。


「せっかくお城に来たんだから、どこかにイケメンは……」


 リコはジルの眉がピクリと不愉快そうに動いたことに気がつかなかった。ジルの歩調がわずかに速くなり、同時に彼は無言のままゴソゴソと自らの制服の上着を脱ぎ捨てた。そして、それをバサリとリコの頭に被せる。


「わ、わ、前が見えない……!」


 突如として視界を奪われ、暗闇の中で抗議の声を出そうと腕を振り回すと、あっけなくその両手はジルの大きな手によって一本に纏め上げられた。抵抗する隙すら与えられず、手首の間でカシャンと、以前聞いたことがある嫌な音が響いた。

 手首の周りに、じわりと広がる冷たい感覚。服の隙間から見えたそのきらめく銀色は、見紛うことなく本物の手錠である。


「な、なんなんですかーーー!これ!!!」


「うるさい、ぎゃーぎゃー騒ぐな」


 心底迷惑そうに、しかし冷徹な眼差しでジルがリコを見下ろした。その声には冗談の欠片も含まれていない。


「騒ぎますよ!急にこんな、まるで罪人じゃないですか!」


「あなたは顔が知られすぎているんです。兵団に着くまで、その格好でついてきてください。これならどこからどう見ても逮捕された罪人を連行しているだけですから。」


 リコは口を尖らせてブツブツと抗議したが、ジルはそんな彼女の不満を意に介す様子もなく、捕縛した細い腕をしっかりと掴んだままズンズンと引っ張って行く。

 夜とはいえ、城内の廊下には交代制の見回り兵や、夜勤の文官たちが行き交う可能性がある。大真面目な顔で上着を被せられ、手錠で繋がれて歩かされる自分の姿を想像し、なんとなく惨めな気持ちになりながらもリコは大人しく着いて行くことにした。

 かつて、同じように城壁を乗り越えた現行犯としてジルに手錠をかけられた時があった。あの時は不条理さに腹を立てて大暴れをしたのだが、翌日、暴れた腕にアザが出来て散々な目をみたのだ。流石に今回は同じ痛みを味わうのは勘弁願いたい。


 ふと、リコは頭に被せられた厚手の服の隙間から隙を突いてジルを見上げた。ランタンの薄暗い光に照らされた彼の横顔、そのこめかみからは痛々しそうに血が垂れた痕が残っていた。先ほど自分のアトリエで命懸けで白刃を退けてくれた時の傷だ。そう思うと胸の奥が少しだけチクリと痛んだ。


「ここです」


 クネクネと迷路のように長い廊下を歩き、階段を上ったり降りたりして、完全に方向感覚を失いかけた頃、ようやく一つの部屋に通された。

 事務室のようなその部屋は、いかにも軍の管理下にあるといった趣で、本やらファイルやらが国の規定に従って綺麗にまとめられて壁一面にビッシリと収納されている。

 部屋の中央には大きめの事務机が二つ並べてあり、その対比は非常に極端だった。一つの卓上は、書きかけの書類や地図がごちゃごちゃと散らかったまま放置されており、もう一つは、文房具の配置に至るまで几帳面に綺麗に整頓されている。だが、どちらの机にも共通して、処理待ちの大量の書類や資料が載せられていることに変わりはなかった。


「とりあえずこちらへどうぞ。」


 綺麗に整理された方の机の椅子を引かれて、リコは手錠をかけられたまま、促されるままに大人しく座った。


「外してください」


「別にそのままでもいいんですよ?」


 リコがふてくされた顔で前へ拘束された両腕を突き出すと、ジルがいつもの調子で軽口を叩きながら、しかし緩慢な動作で手錠の鍵を差し込み、その拘束を解放してくれる。

 リコは解放された手首の周りの赤くなった皮膚をさすりながら、椅子から立ちあがった。そして、頭から被されていたジルの大きな上着を剥ぎ取り、ジルの腕をグイと引く。


「ジルさんが座ってください。」


「私がですか?構いません、あなたが座ってください」


「いいから、早く座ってください」


 リコに強い口調で促されて、ジルは驚いたように目を瞬かせ、しぶしぶといった様子で椅子に腰かけた。

 椅子に座って目線が自分よりも低くなったジルに対し、リコは脱いだばかりの上着をその広い肩にかけて返す。そしてリコはゴソゴソと鞄の奥から、使い古したリネンのハンカチを取り出すと、ジルの頬にそっと手を添えた。


この週末は出来るだけ投稿してみようかな

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