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102/105

102


 リコはアンジの馬に乗せられ、城へ向かって闊歩した。


 戦場での親子の再会は言葉少なく、リコの背中からアンジの猛った息遣いが聞こえる。硝煙と血の匂いが立ち込める中、かつて北の地で自分を護ってくれた不器用な「父親」の胸板は、信じられないほどに熱く、そして強固な壁のようにリコの小さな背中を支えていた。


 しかしその息遣いは、かつての穏やかなものではなく、長年の宿怨を晴らさんとする戦鬼のそれであった。地響きを立てて進む黒馬の揺れに身を任せながら、リコはどこか自分の脳の芯が静かに冷えてゆくのを感じた。


 あっさりと城は開城し、王軍は城内へと撤退を余儀なくされた。王国の絶対的な権威の象徴であり、いかなる軍勢をも退けてきた強固な外壁は、内側からの裏切りという最も脆い手段によって呆気なく無力化されたのである。


 城に造られている攻撃用の隙間からは弓や石礫などが降り注ぐが、堅い防壁をあっさりと明け渡してしまった事実に王軍は動揺し、また主力部隊を欠いていることから戦意が失われつつある。

 上空から無数に降り注ぐ風切り音や、大理石を削る石の音も、もはや敗色濃厚となった王軍の最後の足掻きに過ぎなかった。指揮系統は完全に麻痺し、兵士たちの間にはただ逃亡と絶望の二文字だけが伝染病のように広がっていく。


 城の扉に破城槌が持ち込まれ、激しくその扉を叩いた。


 何十人もの屈強な北方兵が声を合わせ、巨大な破城槌を王城の正面大扉へと叩きつける。重厚な金属音が内宮にまで不気味に響き渡り、その衝撃が床を伝ってリコの足元を細かく揺らした。


 やがて城扉は打ち破られるであろう。

 既に逃げ遅れた多数の兵がこちらの捕虜となり、戦力差は歴然である。地を這うようにして武器を捨て、降伏を乞う王都の兵たちを、北方軍の鋭い眼光が見下ろしていた。


 アンジは自分の黒馬にリコを共に乗せ、背中から抱きかかえていた。その馬の周りをしっかりと騎馬隊が囲い歩を進めてゆく。鉄の規律に守られた騎馬隊は、周囲のいかなる奇襲をも許さぬよう、厳戒な陣形で二人を包み込んでいた。


 やがて激しく崩れゆく音と共に、城の大扉が破壊した。


 何百年もの間、王族以外の立ち入りを拒んできた絢爛たる大扉が木端微塵に砕け散り、その破片が砂塵となって舞い上がる。デンバー軍が城の扉から雪崩れ込んでゆく。それはまるで決壊したダムから溢れ出す黒い濁流のようであった。しばらくすれば各扉が内側がら開かれ、あっという間に軍勢が城を占拠した。


 もはや王城のどこにも安全な場所など残されていなかった。戦局を嘆いた王軍の各指揮官が次々と白旗をあげ、軍門に降ってゆく。かつての栄華を誇った将軍たちも、今や誇りを捨てて冷たい石床に膝を突くしかなかった。


 王都は、たった一日で陥落した。


「ペンバーは玉座の間におります」


「うむ」


 前線から駆け戻った一人の兵が、息を荒らしながらアンジに報告した。その顔には勝利の確信と、未だ抜けない興奮の色が張り付いている。


 アンジは馬に乗ったまま城内を歩いてゆく。その片腕に娘をしっかりと抱き、残る片腕には血に光る大剣を有していた。大剣の切っ先から滴る赤い雫が、王城の白い大理石の床に不規則な斑点を描いていく。


 リコはその腕の中で、じっと前行を見つめていた。周囲を埋め尽くす北方兵たちが、彼らの進路を切り開くように整列し、無言の敬礼を捧げる。


 玉座の間の周りは既にデンバー軍で囲われ、ペンバーはその中にいた。


 逃げ場を失った老獪な宰相を閉じ込めるように、幾重にも槍の穂先が重ねられている。広間を警備する兵に合図をすると、兵士が二人係で広間の扉を開く。ゆっくりと、しかし確実に、運命の幕が上がるように重厚な扉が左右へと押し開かれた。


 広大な玉座の間は、不気味なほどに静まり返っていた。


 ペンバーは玉座に手をかけ、隣に立っていた。その立ち姿は、国が滅びゆく瞬間であるにもかかわらず、奇妙なほどに毅然としており、優雅さすら漂わせていた。


「来たか」


 ペンバーは静かに口を開いた。その声には狼狽も恐怖もなく、まるで自らの書斎に客人を迎えるかのような平穏さがあった。


 リコはその男を睨みつける。彼女の脳裏に、冷酷に下された数々の命令、そして目の前で命を奪われたクリスの最期の姿が鮮烈に蘇る。胸の奥から湧き上がる激しい憎悪が、リコの身体を芯から震わせた。ペンバーはアンジの腕の中に抱かれたその姿を見て、一瞬瞠目した後、口惜しそうにつぶやいた。


「そうか、お前がリリア王女の隠し子であったか……誠に口惜しいことよ。もっと早くに気づいておればいかようにでもできたものを」


 男の言葉には、リコという一人の人間に対する情など微塵もなかった。ただ、自らの壮大な駒の中に紛れ込んでいた、見落としの計算違いに対する純粋な悔恨だけがそこにあった。


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