第六話 君と日々を続けたいから
あたしは今、迷っている。空に着せるシャツの色についてだ。
「俺は別にどっちでもいいけど」
二つを両手に持ちながら、空は興味のなさそうな顔をしている。
「相当予算オーバーしてる気が……」
それは確かに。ここはワイシャツ専門店だけあって、値段はかなり高い。具体的にはあたしが提示した予算の倍、一万円前後だ。
でもあたしは、昨日空が三年間愛用したワイシャツをどさくさに紛れて入手した。それに値段をつけるとするなら……この値段は十分妥当だ。
「試着ですか? あーいえ、そこまでは」
店員さんに促される空が断ろうとする。これだからこの男は。
「いやしてよ、袖通すだけでいいから」
「……はい」
空がとりあえず白いワイシャツに袖を通す。
「どう夏美?」
——似合いすぎ。あたしの幼馴染格好良すぎでしょ。
「まぁまぁ似合うんじゃないの。で、そっちのグレーは?」
「サイズだけ確かめたらいいんじゃないのか? 違うの色だけだよな」
「いいから着てよ、あたしがお金出すんだから」
「はーい」
苦笑いしながらも空がグレーの方も着てくれる。優しい。そして似合いすぎ。
——両方買う? 空に二万課金する?
「空はどっちがいいと思う?」
「服とかあんまり興味ないからな」
オシャレに興味なくてこの格好良さなの、凄すぎでしょ。
「夏美が決めてくれよ、買ってくれるんだからさ」
定番の白か、はたまた落ち着きのあるグレーか。いやきっと空はこの一着をそれこそ数年間着てくれるのだろう。となると白は汚れやすいか? 長く使うなら、そしてちょっと大人っぽさのある……。
「グレーでお願いします」
「着ていかれ」
「着せていきます」
つい食い気味で答えると、店員さんが笑顔でタグを切ってくれる。財布から一万円を取り出すと、空が引きつった笑顔を浮かべていた。あたしのお金の心配してくれる、優し。
店を出た空が、不思議そうな顔で自分のシャツを眺めている。
「いいのか? こんな高い服」
は? 空の格好良さ引き出すんだったら一万円なんてはした金なんだけど?
「大学生なんだから、いい服着てもいいんじゃないの?」
「そういうもんかぁ」
良かった納得してくれた。
「もらいっぱなしも悪いしさ、昼飯は俺払うよ。ガイドブック借りていい?」
え、好き。
「良さそうな店は……へぇー、牛かつ屋なんてあるんだ。近いかな?」
しかもあたしが一番気になってた店じゃん。まぁ百点ぐらい加点してもいいけど?
「ふーん、まぁ良さそうじゃない?」
「んじゃ第一候補はここで。けど昼飯には早いし、雑貨屋でも見るか? このビルにあるんだよな」
へぇ、ちゃんと覚えてくれてるんだ。加点は千点ぐらいでいいかな。
「さすがに何でも前の住人のものってのは気が引けるからね。空だって選ぶの手伝ってよ?」
「任されました」
あたしが前へ一歩踏み出すと、空もその後に続いてくる。それから隣に並んだら、二人の歩幅が一緒になる。
「ねぇ空」
「ん?」
——あの時修学旅行に行けてたら、こんな感じだったのかな。
なんて聞く勇気も資格も、あたしには無いから。
「……靴も結構ボロボロじゃない?」
「いやまだいけるって」
こんなどうでもいい話題で、誤魔化すことしかできなかった。
◆◆ ◆
昼食を終えた俺達は、夏美のガイドブックに導かれて渋谷を探索した。その結果——。
「いやー色々買ったね」
夏美のリュックもパンパンになり、俺の両手も荷物で塞がる。二人で家で使う雑貨や、夏美のバスケの用品や、夏美の衣服に……うん、まぁ大体夏美の物だな。俺は安い服を数着程度だ。
「空はあんまり買わなかったね」
「そりゃーねーえー?」
自分の知らないジャンルの店を見るのは、案外楽しかった。へぇこういうのあるんだうわ高っけお邪魔しましたー、の一連の流れだ。
「空は欲しいものない? 散々付き合ってもらったからさ、そっちも行こうよ」
「あー……自転車?」
「あー……」
今パッと思いつくのはこれだな、主に朝のせいで。
「なんか格好いい奴欲しい系? ロードバイクとか、マウンテンバイクとか」
「しいて言えば通学買物快適号が欲しい」
ペットボトルの調味料とか袋で運ぶと指痛くなるからな。
「……ここで買ったら乗って帰らなきゃならないのかな?」
「確かに。もうちょい近くで探すか」
となると、行きたいとこは……。
「帰るか」
うん、ないな。
「……あっそ」
夏美が拗ねる。お、選択肢間違えた音が聞こえたぞ今。ブッブーってやつ。
「……両手塞がってるし」
「そりゃあね」
「それに」
夏美と家に居るのも、楽しいから。喉まで出て来た言葉を飲み込む。
——たったの二日。
夏美と再会して、一緒に暮らすことになって、飯食って、今日はデートみたいに買い物して。
それだけのことが、高校生活のどんな一日よりも楽しかったと断言できる。
何気ない会話が——また何気ない会話を積み重ねられることが。こんなにも幸福なのかと実感する。
「それに、さ」
その幸せを、受け取る資格が俺にはない。あの時彼女に、許されないことをしてしまったから。
時計の針は戻せない、許して欲しいなんて言わない。一生恨まれたって、仕方のないことをした。
だけど、やっぱり。夏美との毎日をまだ続けたいと思ったから。
「——夏美に、謝りたいことがあるんだ」
謝らないのは、違うじゃないか。




