彼の過去 小学一年生、冬
二年生への進級を控えたある日の、彼女の笑顔を覚えている。
彼女にとって、大切なものがひとつ増えた日だったから。
「みてみて、ボール買ってもらったんだーっ。いいでしょ」
パパ、ママ、空。ぴかぴかのバスケットボール。
「べつに……」
その時の俺は、最高に面白くなかった。組み立てているブロックの家に、不満があったわけじゃない。
「本物だよ? こども用じゃないよ、プロだって使うやつなんだから。ねぇーっ、空もやろうよ、バスケット。ぜったい楽しいって」
理由は単純だ。俺が、俺といる時間が——そのボールに取られるような気がしたから。
「運動なんて、体育で十分だから……」
「えーつまんないのー」
ボールを持ったまま、夏美が体を寄せてくる。
「あ、わかった」
にひひと彼女が笑ってから、俺に頬を寄せてくる。
「あたしと会えなくなるから、さみしいんでしょ」
「ぜ、ぜんぜん? これっぽっちも?」
こっちも頬を押し返し、つまらない意地を張る。どれだけ会えない日々が寂しかったなんて——今更語るまでもない。
「あたしはさみしいよ? 空と会う時間がなくなるの。きっと空と会えなくなったら、毎日泣いちゃうんだろうな~っ」
「勝手に泣いてたら?」
張った意地が嘘だとバレる。子供の時はそれぐらい、簡単に気づけたことなのに。
「ひっどーい。空だってさみしくて泣いちゃうくせに」
「泣かないよ」
「なんで?」
泣けなかった。あの日夏美と一緒に、俺の半分もどこかへ消えてしまった。
「……会えないときは、夏美のことを考えてるから。さみしくなんて、ない」
だから、それを取り戻せた時は。
「だからきっと、泣いちゃうのは」
思い切り涙を流そう。
「次に会えたとき、だから」
隣にいる喜びを、精いっぱい噛みしめながら。
「そっか。じゃああたしもそうしよっと」
「真似しないでよ」
「いいでしょ? だってあたしと空は」
ふふんと夏美が鼻を鳴らす。けれど続きを言ってくれない。
願っているんだ。いつかのままごとの続きを。
幼いころの夢が、いつか叶うことを。
「結婚するんだもん、な」
「……そうだよぉ?」
いつか叶える未来に向かって。
迷って、回り道して、喧嘩して、それでも互いの手を取り合って。
歩いていくんだ、ふたりで。




