最終話 彼と彼女の未来
夏美のベッドで目を覚ます。目の前には君がいる。
それだけで自分は幸福なのだと断言できる。優しく髪を撫でると、夏美がううんと声を漏らす。
「おはよう」
「おはよ」
夏美がふふっと笑ってから、浅くて長いキスをくれた。
「今何時?」
「九時」
「三時間しか寝てないじゃん」
スマホを見て、時間を確認する。どちらかというと問題は——。
「……日曜の」
「だよ、ね」
日付の方であった。
「今日部活だっけ?」
「十二時からね」
つまるところ俺達の土曜日は、互いを求め合うのに費やした。人生で一番の快楽は、あっさりと更新されてしまった。
「それで、その本当に今更だけどさ」
夏美と毛布を分け合いながら、本当に今更なことを尋ねる。
「俺達、これから恋人ってことになるの、かな。幼馴染じゃなくて」
「それは」
夏美がちょっと目を瞑ってから、待ち望んでいた答えをくれる。
「保留で」
「そっかぁ」
保留かぁ。
「ほりゅうううううううううううううううううううううううううううううう!?」
なんでなんでなんでなんでなんで!? あれだけのことをしておいて!? あのあとめちゃめちゃめちゃめちゃめちゃめちゃめちゃめちゃめちゃめちゃめちゃめちゃめちゃめちゃくちゃ仲直りしたのに!?
「声デカいって」
土曜日、正確には土曜の日付が変わってから日曜の朝六時までを思い出す。問題があるとしたらその時起きたことだが……うん、気持ちよかったことしか思い出せない。
「いや、その……めちゃくちゃよかった、よな!?」
「……めちゃくちゃよかったよ!?」
やっぱり、あれかな。
「やっぱり玄関でしたの怒ってる!?」
「気持ちよかったから怒ってない!」
「お風呂!」
「また入ろうね!」
「リビング!」
「ソファの掃除お願いね!」
「キッチン!」
「それはあたしのリクエスト!」
「萩女の制服!」
「今度そっちも制服着て!」
「俺の部屋!」
「あんな紐みたいな水着どこで買ったの!?」
「ベランダでもしておくべきだった!?」
「それはさすがに自重しようね!」
だめだ、他に理由が思いつかない。
「何が悪かったんだよ……」
「……悪かったんじゃなくて、よすぎたんだって」
ぼそりと夏美が呟く。だがこの距離で聞き逃すはずもない。
「どういう意味?」
「だって、このまま恋人になったとするじゃん?」
「するね」
毎日楽しいね。
「一緒に暮らしてるわけだから、おはようからおやすみまでエッチなことするじゃん?」
「するね」
毎日ドスケベだね。
「……大学、行く?」
「行かない」
何をしに?
と、ようやく納得する。
「ああ、なるほど」
「でしょ?」
つまるところ俺と夏美が恋人になってしまうと、一日中ドスケベしてしまうため、せっかく入った大学生活が破綻してしまうのだ。ぐうの音も出ない正論である。
「じゃあ……これっきり?」
「それは……あたしも絶対に嫌」
夏美はまた悩み始める。けれどすぐに、何かを思いついたような顔をして。
「あ、いいこと思いついたかも」
「どうぞ」
いつかみたいに『にひひ』と笑って。
「共同生活における……新しいルールが必要だと思わない?」
どうやら俺達のルームシェアはまだ、いつか約束した二文字には遠いようだ。
大学生活、残りは三年半ともう少し——間に合う、かな?
◇◇ ◇
更衣室で着替えながら、あたしは加奈に自慢する。今朝思いついた、最高のアイディアについてだ。
「それであたしは言ってやったのよ。『恋人の日』を決めようじゃあないかって」
「へぇー」
「だいたい一週間から十日に一回ぐらい? そうすればほら、節度を持って付き合えるでしょ?」
「節度ぉ?」
「え、うん?」
ちなみに今日の加奈は、なぜか気だるげで不機嫌である。
「キスマついてるよ」
「えっ」
やばい、と思った瞬間には、内股をきゅっと寄せていた。
「うっそー。でも真っ先に内股隠す?」
「いや、そこが一番……何でもないです」
後は……やめよやめよ、思い出すのは。だって今日は恋人の日じゃないので。幼馴染の日なので。我慢できなくなってエプロン姿の空を押し倒してしまうので。
「なーんで日曜のお昼から惚気聞かされなきゃならないのかなー」
「それで、どう思う?」
「何が?」
何がって、加奈にしては察しが悪いなぁ。
「あたしの案、天っ才だと思わない?」
「素直な感想としては」
「しては?」
加奈がはぁーとため息をつく。それから満面の笑みを浮かべて。
「死ねばいいのに」
全く、性格悪いんだからぁ。
「やーだよ」
舌を出して否定してやる。
「だってあたし、幸せだから」




