第三十三話 あたしの悪いところ
悶々としている。カレンダーを見れば、水曜日。あたしが書いたハートマークまで、あと二日。なんでハートマークなんかにしちゃったかな……カレンダーが目に入るたび、意識してしまうから。
大学に入って、新人戦を優勝して。あたしはあたしを好きになれた。空や加奈、それから部活のみんなと……今日までの自分のおかげで。
けれど同時に、悪いところも見つけてしまった。
あたしはどうやら肝心なところで、『いい女ぶる』らしい。
思い当たる節はいくつもある。空を誘った時。空と別れた時。空とまた離れようとした時。そして三年半と少しぶりの初体験に誘った時。
なにが『せっかくだし我慢しない?』だ。
空のシャツを着て、カニのぬいぐるみを抱いて、ソファに寝っ転がるあたしは……自分の性欲に押し潰されそうになっていた。けれど自分で言った手前、我慢に我慢を重ねている。
こじらせドスケベ女、というあだ名がこれほど似合う人間もいないだろう。
水曜日。部活は休み。空の講義も三限までだ。それなのにあいつは、もう五時半になるっていうのに……帰ってくる気配はない。
昨日から空に避けられている、気がする。
正確にはサークルで借りて来た、おじさんとおじさんが宇宙で戦争するアニメに夢中な気がする。
あたしのことなんて眼中にないぐらい、じーっと画面にかじりつく。今朝だって一睡もしてなさそうだったし。なんなら講義中も見るとか言ってたし。勉強しろっ。
スマホが着信音を立てる。この音は、空からの着信だ。変えているのですぐにわかる。
「もしもし空?」
なんだろ、晩御飯の献立の相談かな? 久々にオムライス作ってもらおうかな。中華とかも……いや、今日は部活がなかったから、脂っこいものは避けたいかも。重いとか太ったとか、もう言われたくないし。じゃあ、さっぱり系?
『夏美?』
空の声が聞こえてくる。それだけでさっきまでの悶々がどこかへ消えていく。
『今日俺、サークルの人と焼肉行くから。悪いんだけど晩飯一人で済ませてくれないか?』
……え?
『会長とアニメの話盛り上がっちゃってさ。藤と三人で行ってくるよ』
——あたしと食べる晩御飯より、アニメの話の方が優先なわけ?
いやいや、さすがにこれは言っちゃいけない。
あたしと仕事どっちが大事なの、みたいな台詞を宣う資格はない。さんざんっぱらバスケの関係で振り回しておいて、何様どころの話じゃない。
「よかったじゃん、サークルに馴染めたみたいで」
いい女ぶるあたしが出てくる。今すぐ帰ってきて、あたしと晩御飯一緒に食べてよ、って言いたいくせに。
『おかげさまで。悪いね、晩飯は俺の担当なのに。冷凍庫にあるもの、何でも食べていいから』
「ああ、うん。たまには冷凍チャーハンにしよっかなー……」
『得意料理だもんな。それじゃ……え、二次会も奢ってくれるんですか!? あー帰って来るの、結構遅くなるかも』
「どうぞご自由に」
『それじゃ』
通話が切られる。
——あたしよりおじさんしか映らないアニメの話が大事なわけ!?
だからダメだって、そんな台詞。認め合うってことはきっと、お互いが大事にしていることを『そういうものか』と受け入れることなのだから。
ルールなんて全然知らないくせに、あたしを応援してくれた誰かさんのように。
「……寂しいなぁ」
不安になる。空はカレンダーのハートマークを……楽しみにしてくれているのだろうか。
そりゃあ中学の時は、激しく求められた記憶はあるけども。男子の性欲って、あの年齢がピークなんだっけ? 興味がないことはない、のはなんとなく伝わってるけど。
またカレンダーのハートを目で追う。土曜日……どうしよ。いやするんだけども。
やっぱりどこかでデートして? この間の博物館のは、まだちょっとこじれたままだったから。今度はもう、好き同士の全開のやつ。今度はもう腕組までしてもらうんだから。そしたらいい雰囲気になって? まだ帰りたくないって言って、ホテルに行く、的な? いやいや家一緒だし。ホテル代もったいないし。
じゃあ、おうちデート。あ、これいいかも。朝起きて、一緒にコンビニ行って好きな物買ってさ。今日は家事しなくていいよーなんて言ってみたりして。二人でまた映画見たり……やっぱ恋愛映画かな。そうだ、順番に好きな映画流せばいいんじゃない? 空は……おじさんのアニメ流すよね絶対。ダメ、中止。おうちデートは中止です。
——ていうか、土曜日っていつからだろ。
よく考えたら朝起きる前から、土曜日は始まっているような……。
「よしっ」
決めた。
土曜日というのは金曜日の二十三時五十九分五十九秒の一秒後に来るってことを、思い知らせてやるんだから。
その時がきたら、もうつまらない意地も張らない。いい女ぶったりしない。
もうちょっとで、あと四年。
こじらせ続けたあたしの気持ちを……まっすぐ、ぶつけてやるんだから。




