表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/47

彼女の過去 中学三年、夏(後)

 目を覚ます。空がいる。どうしようもないあたしを、受け止めてくれた大事な人が。


 窓から茜色の光が差し込む。雨はもう、上がっていた。


 布団にくるまり、寝顔を見る。体にはまだ、あたしのじゃない温もりが残っていた。


 ——ああ、好きだなぁ、この人のこと。


 寝ている空にほんの少しだけキスをしてみる。今更ながら、それだけで顔が真っ赤になる。


 ついさっきまで、もっと凄いことをしていたくせに。


 目を覚ましたら、責任を取るって言うのかな。プロポーズじゃんそれって言って、あたしは笑顔ではいと答える。


 嫌な気持ちは、和らいでいた。どこかで覚えた、ありきたりな台詞は——単純なあたしには効果覿面だったらしい。


 でも、嘘をついてしまった。


 大丈夫な日の数え方なんて、知らなかった。




 妊娠したら、どうなるんだろう。




 子供のころの約束みたいに、あたしと、空と、赤ちゃんの三人でどこかで暮らすのかな。


 それはきっと、素敵なことだ。


 仕事に行く空を、赤ちゃんを抱いて見送るんだ。家事はまだ、できないけれど。きっと覚えて、美味しいご飯を作ってみせる。


 夕方になったら、空が帰って来るんだ。お疲れさまって言って、おかえりのキスをして。でも赤ちゃんが泣いちゃうから、二人でそれをあやしてさ。


 空は、どんな仕事をするんだろうか。きっとなんだってこなせちゃうんだ。


 だって空は、あたしのためなら、なんだってしてくれるから。




 ——あたし、は?




 あたしはただ、待ってるだけなの? 中学校を出たばっかりで、ちゃんとした仕事なんてあるの?


 怒られるのは、怒鳴られるのは、あたしじゃない。きっと空だ。空は同級生を妊娠させた男として、生涯白い目を向けられる。


 その度にあたしが行って——何を、言ったらいいの?


 あたしがして欲しいって言いましたって、自分から触れて回るのか。そんなことが許されるのか。


 空が詰られ、責められ、耐えている間に……あたしは何ができるのか。




 何も、ないんだ。




 対等なんかじゃ、ない。あたしが引いてあげた小さな手は、あたしよりずっと大きくなっていた。拗ねてばかりの丸い背中は、あたしを全部背負えるぐらいに広くて。


 生涯あたしを、背負い続ける。


 目指していた学校も諦めて。これから見つける夢も捨てて。ただあたしのためだけに、毎日を過ごし続ける。


 それは幸せなのかと——聞けない、聞けるわけがない。


 だって空は、その通りだって答えるから。わかっているから。あたしが好きになった人は、そういう人だから。


 あたしのために、全部を平気で捨てられる人。


 人生で一度の修学旅行も、あたしと同じ高校に行く夢も。捨てた、捨てさせちゃったんだ。あたしが望んでいることを、全部全部叶えるために。醜い独占欲も、性に対する好奇心だって、全部全部、叶えてくれた。


 ——本当に最悪。


 あの子の言った通りだった。あたしは本当に、最悪の女だったんだ。


 ——自分だけかわいそうって顔するくせに。


 あたしが泣いたら、空が来て。全部から守ってくれる。


 ——いいことばっかり舞い込んで。


 犠牲はずっと、あったんだ。あたしに舞い降りる幸運は、空の幸運が代償なんだ。


 ——死ねばよかったのに。




 だめなんだ、あたしは。空の重荷にしかなれなくて。空の人生を奪うことしかできなくて。




 手をつないで励ましあって、隣を歩いて行きたいのに。


 できないんだ、あたしには。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ