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第四話 オムライスとワイシャツ

 スーパーから戻った俺は、早速夕食作りに取りかった。前の住人は料理好きだったのか、調理器具に困ることはなかった。というか実家よりいいのが多い。


そして完成したデミグラスソースの半熟オムライスを食卓の上に置いたのだが。


「……納得いかない」


 夏美は不満を口にしながらも、スマホで三枚ぐらい撮影していた。


「撮るほどか?」

「マ、ママが写真送れって」


 なるほど? 俺の買い物中に連絡でも取ったのだろう。


「まぁ? 見た目だけ良くても? やっぱり料理は味でしょ味」


 夏美は当然のことを言いながらスプーンで口に運ぶ。しっかり噛んで飲み込んで、味についての不満も漏らす。


「……やっぱり納得いかない」

「不味かった?」


 自分でも食べてみる。うん、味見通りよくできている。


「美味しすぎるから」

「うわぁ理不尽」


 とはいえお気に召してくれたようで、二口目を頬張ると幸せそうな顔で唸っていた。


「気に入ったなら良かったよ」


 俺がそう言った瞬間、夏美の動きがピタッと止まった。それからこっちをじっと睨んで、恨めしそうに言い始めた。


「……料理できるのって女子にモテそうだよね」

「諸説ある。だが『そもそも女子に料理振舞える状況ってモテる奴にしか起きないよな、家に女子が来てるんだぜ?』……ってネットに書いてあった」

「確かに」


 ふふっと夏美が笑う。暇つぶしのネットサーフィンも時には役立つらしい。


「で、高校時代は女子に振舞ったことあるの?」

「残念ながら」

「ふーん、じゃあ彼女いなかったんだ」

「いないいない」


 オムライスを食べながら雑に答える。もっとも異性と深い仲になろうと思えなかった原因は、今目の前にいるのだから。


 ……夏美はどうだったんだろうか。


「そっちは? 彼氏とか……」


 できる限りのさりげなさを装い聞いてみる。もしいたって言われたら——だめだ、考えただけで味がしなくなってきた。誰だよ、この料理作った奴は。


「いなかった。女子校だったし、男と遊ぶ暇あったら練習してたから」

「ふぅーん」


 オムライス超うめぇ。作った奴天才か?


「安心した?」

「なにっ、が?」


 喉に米が引っ掛かり、咽てしまう。


「あたしに彼氏がいなくて」

「べ、別に?」


 その通りだけど?


「そう? あたしは安心したけどね」

「え?」


 それは、夏美も俺と似たような感情を抱いているという意味、なのか? それならまだ、やり直すチャンスは——。


「……少なくとも私より上じゃないなって」


 ニヤニヤしながら夏美が答える。くそっ、人の純情を弄びやがって。


「そういう類の安心かよ」

「他に何かある?」

「それは……」


 多分嫉妬とか独占欲とか、そういう言葉の中にある安心なのだろう。けどそれを答えるわけにはいかず、急いで残りのオムライスを平らげる。


「……ごちそうさまでした。風呂沸かしてくる」


 食器をシンクに下げてから、風呂場へと逃げ込んだ。






 風呂から上がり、リビングでスーツケースの中身を整理する。ちゃんとした荷物が届くのはまだ先なので、もっぱら取り出すのは数日分の着替えだ。


「何してんの?」


 後ろから夏美に話しかけられる。


「荷物の整……」


 振り返るとそこには風呂上りの夏美がいた……問題はその服装だ。


「それ私服? うわーヨレヨレじゃん」


 俺の白いワイシャツを広げる夏美。ちなみに彼女の格好は、黒いタンクトップとグレーのショートパンツだ。ドルフィンパンツ? どっちでもいい、滅茶苦茶エロい恰好をしているのは変わらないから。


「そうだけど……っ!」


 思わず目を背ける。


「何?」

「う、薄着すぎない?」


 目線を逸らし、思春期の娘を持った父親みたいな言葉を吐く。もっとも内心は別物だが。


「……やらしい目で見ないでよ」

「はぁ? 見るに決まってるだろ」


 思った通りの言葉が出る。何回お前を思い出したか知ってるか? 一日に二回の日もあったから、三年半と少しで……うん、考えるのやめるか。


「ふーん……でもさ、ちょうどいい部屋着持ってないんだよね」


 あるだろバスケのユニフォームとか、そっち着てくれよ。いやそっちもエロいか……。


「ね、これもらっていい?」


 突然そんな提案をする夏美。正直困る。


「……俺の一張羅なんだけど」


 なぜならそいつは俺の高校三年間を共にした相棒のオックスフォードシャツなのだから。というか明日着るつもりなのだから。


「いやいや、襟のところとかボロボロじゃん。これ着て大学行くつもりだったの?」

「駄目なの?」


 またよろしくな、相棒。とかさっきまで感慨に耽っていたのに。


「シンプルにみっともないなって」


 ガチのダメ出しだこれ。


「新しいの、あたしが買ってあげるからさ」

「え、いいの?」


 さらば相棒。


「こういう着古したのって、かえて着心地良かったりするよね」

「わかるわかる」


 夏美は俺の元相棒に袖を通してから、ファッションショーみたいに体をくねらせる。


「どう? いい感じじゃない?」


 おかしい。夏美の肌面積は先程より大幅に減少しているはずだ。だが元々大き目のシャツだったせいで、夏美の他の部屋着がすっぽりと隠れてしまった。


 つまり、疑似裸ワイシャツだ。


「何か言ってよ。似合ってるとかさ」

「……ドスケベ」

「ド、ドスケベェ!?」

 

 何か言いたげな夏美。俺は黙って壁際の姿見を指さした。夏美も鏡の前に立ち、ショートパンツが裾で完全に隠れていることに気づいた。


「ふ、ふぅーん……」


 ふぅーんって何が? こっちは別の相棒が張り切り始めてるのに。


「ねぇ、明日暇?」

「暇と言えば」


 やることは山ほどあるが、後回しにできるものしかない。入学式までまだ十日ぐらいあるしな。いや履修登録は早めにしなきゃならないんだっけ……?


「じゃあ服買いに行かない? 渋谷まで一本だしさ」

「渋谷……」


 乗り換えでさっき利用したが、トラウマ級の人混みだったぞ。


「どうせ他の服もボロボロなんでしょ。ちゃんとしたの買いなよ。あたしも色々見たいし」

「もしかして、荷物持ちが欲しいのか?」

「そういうこと」


 夏美が俺の肩をポンと叩く。


「朝一で行かない? 行ってみたいところ、たくさんあるんだよね」

「朝一って何時?」

「五時半」


 運動部がよぉ。


「どこも店やってないだろ……九時でちょうどよくないか?」

「えー朝限定のマフィン食べたいなーって」


 魅力的な提案に、思わず予定時刻を前倒しにする。


「……じゃあ八時で」

「もし空が寝坊したら起こしに部屋入っていい?」

「怪我も病気もしてないんですけど」


 なんだこいつ、早速自分からルールを破ろうとしてないか?


「緊急時じゃん」

「……どうぞ」


 俺チョロくない?


「じゃ明日よろしく」


 夏美はそう言い残して、自分の寝室へと戻っていった。ちなみに俺の部屋は物置として利用されており、来客用の布団一式があるだけだ。自分用の家具とか買わないとな。


「ねぇ空」

「まだ何かあるの?」

「……別に、デートじゃないからね」


 自分の部屋の扉から半分だけ身を乗り出して、夏美が照れた顔で言う。


 ぱたんと扉を閉じた後に、一人彼女の言葉を繰り返す。


「デートねぇ」


 夏美のことを忘れたくて、地元から東京行きの新幹線に乗ったのが今朝で。明日は八時から、その夏美とデート、じゃない買い物に行く、と。


「んぁぁぁぁぁああああ……」


 頭を抱えてうめき声をあげる。何やってんだ俺、どうなってんだ俺。


 だけどもう、これだけは疑う余地はないだろう。




 ——何年経っても何があっても、俺は夏美が好きなんだと。

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