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第二十九話 『殺戮女帝、宿敵を粉砕』

 連休明けの学食、先に座っていた藤の隣に座る。長期休暇を終えた男子大学生が言うべき台詞一位は。


「腰痛ぇ……」


 そう、腰痛を訴えることだ。


「お前の住宅事情を知っていると、東京湾に沈めたくなる発言だな」

「俺の懐事情を知ったら理由がわかるぞ」


 語弊があったので誤解をとく。俺の腰は金のために犠牲になったのだと。余計にあやしくなってないか?


「引っ越しのバイトだっけ?」


 春休み、二度とやるまいと誓った引っ越しバイトだったが、結局俺は再び選んでいた。地元より高時給で、他のイベント系と違って翌日から働けた。さらに経験者は時給百円アップとくれば、もはや選択肢はそれしかない。


 夏美と二人で一泊、どころか二泊三日も視野に入れられるぐらいは稼げた。


「ほとんど毎日。そっちは?」

「浪人中に見れなかったアニメ見まくって、また実家の近くのラーメン屋でバイト。融通利かせてくれるからな」


 どうやら二人とも花のない連休を送ったらしい。ちなみに夏美は終始部活。ここ最近自覚できるようなイチャつき方はしていない。したいのに。


「何か楽しい話題はないもんかね」


 俺は不満を漏らした。夏美がさらに部活にやる気を出すようになった理由を俺は連日聞かされていたから。


「お、これとかどうよ。『殺戮女帝! 宿敵を粉砕!』だってよ」

「ああ、ね」


 赤大女子バスケ部は、ライバル校である鷺沢大を決勝戦で倒し、見事インカレを制覇した。設立以来の快挙であり、運動部会は湧いているらしい。


 立役者はもちろん早瀬先輩、じゃない実害先輩、じゃない殺戮女帝、じゃなかった早瀬先輩である。決定力不足が課題だった赤大女子バスケ部だったが、覚醒した絶対的エースは敵のディフェンスをものともせず、ひたすらボールを相手のゴールに叩き込み続けていた。


 優勝から今日まで、うちのリビングで夏美が最終戦の再生と解説を繰り返していたから間違いない。


「何があったんだよあの人に……」


 あんまりなあだ名に顔を覆う藤。

 ちなみに勝利後のインタビューについて、夏美は一度しか教えてくれなかった。


 女帝曰く『弟のために頑張れた』と。

 幼馴染曰く『あの人お兄さんしかいないよ……』と。


「それは弟くんが夏美に寝取られて、脳が破壊されたからだよ。悲しきバスケマシーンになっちゃったんだ……」


 と、月城が後ろから声をかけてきた。


「空いてる?」

「どうぞどうぞ」


 藤の横に座る月城。しかし俺の隣には、鞄が置いたままであって。


「夏美は?」

「ポジションごとのミーティング。ほらインカレの雪辱を新人戦で晴らすぞ色んな大学が息巻いてるから」


 夏美曰く赤大女子バスケ部は『強いのは間違いないが、強すぎるというほどでもない』という立ち位置だったらしい。ライバル校の鷺沢大と共に、三位争いに参加できるか程度だと。


 だがインカレ優勝で、その認識は崩れた。今まで見下していた相手が優勝をもぎ取ったのだ、強豪校たちの苛立ちは半端なものじゃなかった。今年の新人戦は徹底的に研究と対策をされる——つまり夏美はさらに忙しくなった——つまり家で俺とイチャつく時間は減った——となる。


 大学生活をスポーツに打ち込んでいる人に、こんなことだけは言いたくない。言いたくないが言わせてほしい。


 殺戮女帝、俺に余計なことしかしないな?


「そうだ月城、何で俺の中学校なんて確認したんだ?」


 これ以上殺戮女帝について考えると頭がおかしくなりそうだったので、月城に話を振る。


「ん? 内緒」


 月城が笑顔を浮かぶ。なぜか思い出すのは、夏美のおばさんであり。


「わかった、聞かないでおく」

「懸命だね」


 お褒めにあずかり光栄です。


「えーオレ気になるじゃん」


 バカ辞めろ藤、絶対ろくでもないぞ。


「そうだなぁ強いて言うなら」


 わざとらしく唇に人差し指を当て、んーとあざとく悩んで見せる。この仕草にやられた男は星の数ほどいるだろう。


「性格悪い女子って、もっと性格悪い女子に気を付けないといけないよねって話」

「余計に気になる言い方するなぁ」


 藤は絶妙に効いていない。凄いぞこれを見せられて話の内容にしか頭にないのは。


「そうだなぁ、私の地元のネットニュースとか見たら答え合わせできるかもよ?」

「……そう言われると調べちゃう」


 藤はPCを取り出し調べ始める。プリティなカバーをつけっぱなしだが、月城は気にも留めない。


「『名門野球部、夏の選抜出場停止へ。三年女子マネージャーとカラオケで飲酒喫煙が発覚』」

「おう」

「『県内公立校内にて教師によるパパ活発覚、相手は三年女子か』」

「おおう」

「『高三女子グループ万引きにて逮捕、常習犯か』」

「あっもういいです」


 ……どうやら俺の地元では、高三女子の悪行が大豊作らしい。して今高三だということは、俺達が中三の時に中二だったわけで。


「月城さんと関係あるの?」

「ははっ、何言ってんだよ藤……東京にいる月城が直接何かできるはずないだろう」

「直接、か。はっはっは」


 そう、直接はだ。例えばこうとある年代のとある部活の情報を集め、月城を敬愛する後輩たちに周辺を探らせて、関係機関にタレこんだ、とかはできたかもしれないけれど。


「ねぇ空くん……スッキリした?」


 満面の笑みで月城は笑う。この笑顔に見出しをつけるとするなら。


「めちゃくちゃスッキリしました」


 殺戮女帝、宿敵を粉砕! しかないだろう。二代目も育ってくれたようだ。


「月城は、なんでここまでやってくれたんだ?」

「えーっ!? 私何にもしてないよ!?」


 不意に出た疑問に、白々しい態度が帰ってくる。


「私が何かをするとしたら、親友が自分を責める姿を見た時だけ」


 だけど次の一言だけは、真実なんだと伝わった。


「だからもし、空くんが夏美を泣かせたら……何かしちゃうかもしれないねぇ」

「肝に銘じます」

「というわけで、中学校の宿題は終わらせておいたので」

「「はい」」


 二代目のお言葉に俺と藤は言葉を合わせる。こいつも理解したのだろう、実行者よりも計画者の方が恐ろしいと。


「新人戦、ちゃんと応援してよね?」


 月城が俺達に笑顔を向ける。高校の時は知らなかった——彼女に笑顔を向けられると、こんな気持ちになるんだなんて。


「「はい、がんばります!!」」




 ——動悸が止まらない。もちろん、悪い意味でだ。

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