第二十八話 ガールズ・トーク(後)
「そう言われるとその通り過ぎて……周りに迷惑かけまくってるなー、あたし」
「特に私に」
「ははーっ」
加奈にひれ伏す。あたし達がボタンを留められるよう、背中を押してくれた友人に。
「よろしい。エビで許してしんぜよう」
「えぇ、あたしの分無くなっちゃうじゃん」
「シリアルあるよ? 私が毎朝食べてるやつ。どこかの誰かさんみたいに、だーれも朝ごはん作ってくれないから」
加奈の一言が刺さるので、献上するしかなくなってしまう。
「どうぞ」
ぷりっぷりのエビを頬張り、おいしーと加奈が漏らす。せめて一番好きなネタだけは、死守したい。
「まぁ、夏美に迷惑かけられるの結構好きだけどね」
「そう? 面倒臭くない?」
「おっ、自覚出て来たねぇ~っ」
ニヤニヤしながら加奈がお茶を啜る。
「夏美って隠し事はあるけど、裏表はないから」
そうかも、と素直に思う。陰口から悪口へのコンビネーションを受けた身としては、そういうこと自体に忌避感がある。
「私はね、性格悪いって自覚あるんだ」
天井を見上げ加奈が呟く。自分の性格なんて大嫌いだと吐き捨てるように。
「そう? だって加奈は裏と裏しかないじゃん」
「こいつめ」
机の下でちょこちょこと足を延ばし、撫でてくる。部屋でこれをやられたら、男子は加奈の虜だろう。女子でも危ないかもしれない。
「小学校からずーっと男子にちやほやされて来たから。しかもお勉強もできて、スポーツ万能。男子の初恋はみんな私。どう? クラスの女子から目の敵にされると思わない?」
「……うん」
とてもよくわかる。
「でも私は、あの手この手でそれを乗り越えて来たわけ。思わせぶりな態度で男子にお願いしたり、先生に告げ口するよう仕向けたり、別のグループに色々吹き込んだり。それが私の生存戦略だったから」
加奈の昔の話を初めて聞いたような気がした。親友だなんて言っておきながら、あたしは中学まで加奈がどこにいたのかを知らないぐらいだ。
「でも夏美は、真正面からぶつかって来たからね」
「イノシシが」
「そうそうイノシシ」
人を指さし笑う加奈。隙あり、だ。
「サーモンもらい」
まだ残っていた二つのサーモンを奪い、急いで口に放り込む。一番大切なものは譲っちゃいけない。他でもない目の前の親友が教えてくれたのだから。
「あーっ!」
加奈はまたお茶を飲んで、優しい微笑みを浮かべた。
「今の女バス、大好き。だってみんな、そんな感じなんだもん」
「わかる。高校の時、ちょっと周りが物足りなかったもん」
いいチームだったと思い出す。けれど最高じゃなかった。そして今は、最高だ。そんな違い。
「キャプテンにはちょっと可哀そうなことしたけど。いやでも自業自得かな、あれは」
「殺戮女帝」
伊藤先輩のつけた新しいあだ名を呟くと、加奈がお茶を噴き出した。
ちなみに伊藤先輩が法学部なので、月曜のうちに『キャプテンが家に来て人の知り合いを弟扱いして飲み食いした後に、あたしと弟扱いされた彼が仲良くしているのを見た瞬間奇声を発して加奈に連れて帰られたんですけど法的にはどっちが悪いでしょうか』と相談済みだ。
結論は『具体的に両者がどの法律や条例に抵触するかは明示できないが、仮に夏美がキャプテンより何らかの不利益を被り、民事裁判により損害賠償請求を行う場合において、裁判官にその日のキャプテンの行動は甚だ身勝手で社会倫理を欠いた行動であると判断され、損害賠償額に多大なる影響を与える可能性は大いにある』と言われた。
自業自得の四文字をここまで広げられるのかと感心したのと同時に、教育学部でよかったなと本気で思った。
「やめてよ夏美」
「明日の試合、ダンクとか決めたらどんな見出しが付くんだろう」
「殺戮女帝! ゴールを粉砕! みたいな?」
二人して声を上げて笑う。陰口ではない、本人の前で自信を持って言える。そして三人でひたすら外周を走り続けるのだ。こんなに楽しい練習はない。
「それ公式化しちゃうんだ。あーおかし」
ひとしきり笑い終えた後、加奈が呟く。
「夏美が中学やり直してるなら、私は小学校かもねー……」
「そう?」
彼女以上に女子大生の四文字が似合う人はなかなかいないと思っていたけれど。
「だっていないじゃん。『クラスの女子』」
「あー、確かに」
大学のいいところは、付き合う相手を自分で選べることだろう。事実あたしと加奈の学部での友達は、穏やかな感じの人が多い。来ている服のブランドとか、使っている化粧品でマウントを取ってくるような子はいない。
「で、話を戻すけども」
「うん」
「夏美と空くんが中学生やり直すとしてさ。アレをやり直すかどうかなのかなーって」
「今更アレ呼びぃ?」
残った最後のボタンは、もちろんアレ。
「ほら小学生だから、今の私。エッチなことわかんないから」
「わかってるじゃん」
これからも空といたいなら、空とのアレは避けて通れない。
「さすがにそこは私が決めることじゃないけどね。でも新人戦終わってからにしてよ? 朝までアレして遅刻しましたなんて言ったら、キャプテンに告げ口しちゃうんだから」
朝まで空と、へへへ……じゃなくて。そういう理由でキャプテンに遅刻したと説明する。するとキャプテンは殺戮女帝へと姿を変え、愛する弟を寝取った悪女に思いつく限りの練習を与えるだろう。うん、これはやめておこう。
「もう、折角やり直してるのに性格悪くなっちゃうよ?」
「そうならないように」
いつの間にか寿司桶は空になっていた。
「ちゃんと二人で話し合ってね? いつでもいいからさ」
「……はい」
「それに心配しないでいいよ。性格の悪い私は、もうやめるから。お友達とパジャマ着ておしゃべりして、その恋愛にひゅーひゅー言って、放課後はクラブ活動に勤しむのって……今までよりずっと楽しいから」
もう一度加奈が微笑む。化粧も落としてシャワーも浴びて、あとはもう歯磨きして寝るばっかりのはずなのに……今の笑顔が一番きれいだなって思った。
「一個だけ宿題終わらせたら、だけどね」
「宿題って?」
ふふんと加奈が鼻を鳴らす。スマホをもって、性格の悪い笑みを浮かべて。
「それは内緒」
どうやらまだ、やり残したことがあるらしい。
なんだろ、あたし関係あるのかな。




