第二十六話 あの日の後悔が胸の奥にこびりついているから
「いやぁ空さん、遊びましたねぇ」
「遊びましたねぇ、夏美さん」
上機嫌な夏美の手を握りながら、最寄駅から帰路につく。
「……ゲーセン、高くついたね」
「だな」
荷物が一つ増えていた。可愛らしいカニのぬいぐるみだ。値段は夏美が意地になったせいで、晩飯分ぐらいかかってしまった。
「加奈にお寿司奢らなきゃならないのに。思ったより使っちゃったなぁ」
「えぇ、俺にも奢ってくれよ」
「だめーっ」
舌を出して夏美が笑う。
「まぁその、女同士でしか話せないこともあるから」
てっきり部活関係だと思っていたが、違ったらしい。
「……加奈にさ、全部言っていいかな。あたし達にあったこと」
「わざわざ俺が許可すること?」
「デリケートな話題だし」
俺としては断る理由もない。もしその結果月城に殴られても、仕方のないことだろう。
「じゃあ許可する」
「許可されました」
無言で家路を二人で歩く。朝は憎い赤信号が、今は随分と頼もしい。
「空はデート、楽しかった?」
「当たり前だろ」
「へぇ、どれぐらい?」
「高校三年間の、どんな一日よりも」
信号が青に変わる。ああ、ようやく伝えられた。君と日々を重ねることは、何よりも幸福なのだと。ただし問題点が一つ。
「……恥ずかしくなってきた」
顔から火が出るぐらい、恥ずかしかったことだろうか。
「ごめん、ちょっと待って」
歩道を渡り切ったところで、夏美がしゃがむ。
「大丈夫か?」
「靴擦れしちゃった。普段こういうの履かないから」
「タクシー呼ぶか?」
「大げさすぎ。でもありがと」
とはいえこのままって訳にはいかない。コンビニで絆創膏を買おうかと探していると、夏美が小さく声を上げる。
「いいこと思いついた」
「いいことって?」
それから小さく手を挙げる。
「へいタクシー」
視線は車道などではなく、歩道というか俺に向いているから。
「あー……俺?」
夏美を背負う。彼女一人だけならなんてことはないが、二人分の鞄とカニのぬいぐるみを背負って、と来たら。
「重っ」
「それ禁句」
お客さんが足をじたばたするが、無茶をせず家へと向かう。
「……あの日もさ、こうしてくれたよね」
「ああ」
夏美が漏らす。あの時がいつかなんて、言うまでもない。
「身長今何センチ?」
「一七八ぐらい」
「いいなぁ、あたしもそれぐらい欲しかった」
「夏美は?」
「一六三。せめてあと二センチ欲しかったなー」
「やっぱり身長あると有利なんだ」
「だね。ジャンプ力だって限界あるから」
俺も夏美も、一回り大きくなった。あまりなかった身長差は、それなりに開いている。
「本当、大きくなったよね」
「そっちだって」
どこが、とは言わないけども。
「……もうちょっと、待っててね」
夏美の言葉が漏れる。
「あの時のこと、加奈に打ち明けて。どうするべきか、ちゃんと決めて……それから新人戦も優勝したら!」
夏美の腕が俺を抱きしめた。彼女の顔が、すぐ横にある。
「言うから、ちゃんと。思ってること、全部」
「そっか……じゃあ新人戦は、気合入れて応援しないとな」
もっとも俺、バスケの細かいルールは知らないけども。
「ごめんね、遅くて。一月も待たせちゃうから」
「なんだ、それだけでいいのか」
思いの外早いんだなと笑って見せる。あの日からもうすぐ四年。ひと月なんて、待つうちに入らない。
「でもまぁ、何の保証がないのもちょっと辛いかなって」
とはいえ小心者の俺は、面倒くさい彼女みたいなことを聞きたいわけで。
「保証って?」
「……夏美はデート、楽しかった?」
ああ、と夏美が漏らす。
「控えめに採点して」
「控えめに採点して?」
夏美がまた俺を抱きしめ、耳元で小さく囁く。
「……一万点ぐらい」
◇◇ ◇
「って感じでした、デート、はい」
金曜の夜、二人前の宅配寿司を加奈と囲んで話し終える。
「へえー」
二人前だから、ネタは一人一貫づつだと思っていたけれど。
「イクラもーらい」
「なんでっ!?」
二個目のいくらを加奈に取られる。ちなみに加奈は好きな物から食べるほうで、あたしは取っておくほうだ。
「金曜の夜にひたすらのろけを聞かされたからでーす」
「のろけてた?」
「自覚無いのそろそろヤバいよ?」
笑顔で加奈に糾弾される。
「そっちが『デートどうだった?』って聞いて来たんじゃん」
「うん、だから後悔してる。このイクラは迷惑料だね」
部活を終えて、散らかり放題の加奈の部屋を二人で掃除。それから加奈がお気に入りの宅配寿司に連絡して、ちょっと遅めの晩ごはん。
「ていうか逆に聞くけど」
「何?」
「同棲中の幼馴染が一万点のデートしてくれたんでしょ、あと何か問題ある? もうそのまま押し倒したらよくない、隣の部屋にいるんでしょ?」
「あー、それは」
本当に、本当に真っ当な意見だと思う。あたしもあいつも、最近はそういう期待が漏れて来たなと感じる。
「あのさ、加奈」
けれど、まだ一線を越えられないのは。
「昔の話、聞いてくれる? 結構重いし、聞いて楽しい話じゃ、ないけど」
あの日の後悔が、胸の奥にこびりついているから。




