第二十五話 一生に一度の一日
「三限サボっておけばよかったかもー」
博物館から少し離れたイタリア料理店のテラス席で、夏美が不満を漏らす。
「学費出してくれる親に申し訳ないだろ」
「そうだけどさぁ、結局半分ぐらいしか見れなかったじゃん」
「気持ちはわかるけど」
ふと店の外から賑やかな声が聞こえ、つい視線を向けてしまう。学ランとセーラー服のグループが、遅れちゃうよと走っていた。
「お、修学旅行かな?」
やっぱり人気があるだろうな、この辺は。
「行きたかった? 中学の修学旅行」
「え? 全然」
夏美が随分と今更なことを聞いて来る。
「全然って。一生に一度の思い出じゃん」
「んー……」
ピザを一枚取って頬張る。昔こういうシンプルなものよりも、具だくさんの宅配ピザの方が嬉しかったなと思いながら。
「何その顔。結構気にしてたんだからね。あたしのせいで行くの辞めたんだろうなって」
「それが全くないとは言わないけど」
次に、水で流し込む。あと二年もしたらワインでも飲みたくなるのだろうか。
「あの時はそれでいいと思ったし」
変わるものもある。例えば、食べ物の好みとか。
「今だって、あれでよかったと思ってるよ」
変わらないものもある。例えるまでもなく。
「だいたい、自由行動半日しかなかっただろ? 他にも博物館もあるし、美術館と動物園もあるんだぞ? 絶対時間足りなかったって」
「あーあっちも気になるもんね」
東京は人が多くて朝マフィンに行列を作る変人が多い場所だと思っていたが、これだけの施設に数百円の電車賃で来られるのは明確なメリットだろう。入場料も学割があるので。
だから、次の予定なんてものはいくらでも立てられるわけで。
「「また」」
二人の声が重なると、気まずくなって視線を逸らす。
「空からどうぞ」
「いやいや夏美から」
互いに一息ついてから、じっと我慢比べを始める。
「……また来ようよ。二人でさ」
「だな」
先に喋った夏美と、即答する俺。勝敗はきっと二人とも負けだ。
「そういえば、高校の時はどこ行ったの?」
「関西の方。仏像ばっか見てた気がする」
気恥ずかしさから逃れたくて、話題が自然に移り変わる。
「あたしも関西。テーマパークは行かなかったんだ」
「そんな友達いなかったので」
「えー超楽しかったよ?」
「ずるいなぁ」
もっとも高校時代の俺がテーマパークに行ったところで、ベンチに座って一日過ごしていただろうが。
「いつか行きたいね、そっちも」
「ですね」
いつか、と言われてふと気づく。あと数週間もしたら大型連休がやって来ることに。
「そういや連休の予定って、やっぱり部活漬け?」
「うん、新人戦近いからね。空は?」
「あー……何もない、な」
充実している夏美と違い、俺のカレンダーは真っ白のままだ。
「実家に帰ったりは?」
「帰ってもやることないから」
「それもそうだね」
「地味にひどくない?」
声を抑えて夏美が笑う。地元の友達はもうほとんど連絡を取っていない。だったら確実に夏美が帰ってくる部屋で過ごす方が、余程有意義だ。
「夏休みになったら落ち着くけどね。早くてその時かなー……」
夏美がまた視線を逸らす。襟足をくるくると指に絡める仕草が、妙に色気づいて見える。
「その時は、お泊りなんか、しちゃったり……」
妙じゃないわ普通にエロいな。
「部屋は一緒?」
「住所同じなのに、違ったら変じゃないかなー……」
それもそうだ。ということは夏美の中に、夏休みまでに関係を一つ先に進める気がある、とも言える。うーん……エッチすぎる。
「よしっ連休はバイトで埋めるか」
頑張って稼ぐか。やっぱり引っ越しか、短期で一気に稼げるのは。
「ねぇねぇ、この後どこ行く? 商店街でも見てみる?」
すぐそこの横丁のことだろうが、少しだけ問題がある。
「楽しいだろうけど、正直あんまり物欲刺激したくないなって」
「あー確かに。大学生活って出費凄いよね」
「結局自転車買ってないし」
「したね、そんな話」
近くのリサイクルショップで買ったらいいや、なんて思っていたが自転車の置いてあるリサイクルショップが近くになかった。東京とはかくも不便な場所である。
「カニとか買ってる場合じゃないしな」
「もー食べたくなってきたじゃん」
って言われて俺も食べたくなってきてしまう。最後に食べたのいつだっけ? 安かったら買って帰るか、いやデートの土産がカニって何?
「ゲーセンとかどう?」
「カニよりは安く済みそう」
だめだ思考がカニの魔力に支配されて来た。
「プリ撮ろうよ、空の目でっかくしてあげる」
「カニの方がよくなってきた」
「じゃあ、あたしと撮りたくないわけ?」
「……そうは言ってません」
「素直でよろしい」




