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第二十四話 やけに前髪を気にしながら

「おーい夏美ー」


 朝練を終えて私服に着替える。いつもと違って、ロングスカートが足元にまとわりつく。


「夏美ー」


 それから少しヒールの高いバンプス。トントンと叩いて、靴の位置を調整する。


「おーい」

「えっ?」


 ようやく加奈に声をかけられていたことに気づく。


「浮かれてますねぇ」

「いやー」


 浮かれているのは、わかる。


「抱き合ってましたもんねぇ、今日のお洋服気合入ってますねぇ? ヒールなんて持ってたんですねぇ?」

「い、いつも通りじゃない?」

「それは無理があるでしょ」

「はい……」


 加奈はあたしの服装を一通り見て、結論を出してくれた。


「デート?」

「うん、まぁ」


 前髪を一束つまんで持ち上げてみる。


「変じゃない? 組み合わせとか」

「それを決めるのは私じゃないから」


 にんまりと加奈が笑う。最近の彼女は、高校時代よりもずっと楽しそうに見える。


「でも色々迷ったんだなーって思うと、途端に可愛く見えちゃいますねぇ。いやぁ萩女の突撃イノシシが、こんな風になるなんてねぇ」

「ちょっと、そんなあだ名だったの?」

「あれ、知らなかったの?」


 二人で笑い合う……いやイノシシはあんまりじゃない?


「あのさ、今週の金曜泊めてくれない?」


 加奈にかねてから考えていたことを相談する。


「えーっ? 確かにインカレの応援準備で朝早いけどさぁ、私の部屋かなり狭いし散らかってるよ?」

「掃除はいくらでも手伝うからさ。相談したいこと、あって」

「新人戦について?」

「じゃない方」


 とくれば、ひとつしかない訳で。


「たまにはお寿司食べたいなーっ。夏美のお金で」

「……あんまり高いのじゃないなら」


 あれ、宅配のお寿司っていくらぐらいだっけ? 足りるかな今月の生活費……。


「あっキャプテン」

「お疲れ様、です」


 と、あたしたちの横をキャプテンが通り過ぎる。あの日以来——キャプテンは変わってしまった。


「私にはバスケしかない私にはバスケしかない私にはバスケしかない私にはバスケしかない」


 鬼気迫る、という単語は今のキャプテンのためにあるのだろう。週末のインカレ初戦に向けて、気合……気合かなこれ? は十分だ。


「お疲れ、なつみん、かなかな」


 伊藤先輩があたし達の肩を叩く。すいません手違いでキャプテンの脳が破壊されました、と説明した時は爆笑していたっけ。この人も凄いな?


「んー……まぁおかげで全てをねじ伏せる」


 それから人にあだ名をつけるのが好きなのだけれど。


「赤崎の殺戮女帝が完成したってことで」


 今日のあだ名は、一際冴えているように思えた。




◆◆ ◆




 三限の講義を終えた俺はスマホを取り出し画面……に写る、自分の髪形を確認していた。


「前髪気にしすぎだろ」

「ん? 何が?」


 隣に座る藤が、はぁっとため息をつく。


「デートですかーっ」

「いいだろ?」


 こういう時は下手な嘘はつかず、素直に自慢するべきなのだ。


「法律が許すなら死ぬまでぶん殴ってるな」


 よし、次からは下手な嘘でもつくか。


「相手は聞くまでもないか」

「言うまでもなく」


 むしろあいつ以外だったら、俺は藤に死ぬまでぶん殴られるべきだ。例え法律が許さなくても、だ。


「場所は?」

「上野の科学博物館」

「あーあそこか、確か学生証見せたらタダだぞ」

「有益情報助かる。じゃ、行ってくるわ」


 振り返ると、藤が俺に敬礼をしてくれていた。ははっこいつめ。


「貴公の玉砕を祈る」


 法律が許されるなら蹴っていたぞ。






 博物館の隣、クジラの下で夏美を見つける。大きく手を振ってみせたら、控えめに手を振り返される。


「待った?」

「全然。てか学校出た時間ほとんど一緒でしょ」

「それもそうか」


 さて、夏美が目の前にいる。しかしいつもの動きやすさ重視の服装とは全然違う。女子大生の四文字が、非常によく似合っている。


「……何か言ってよ」

「そういう服持ってたんだなって」


 前髪をつまみ、夏美が視線を逸らす。


「ママが入学祝に色々買ってくれたの。動き辛いから今日まで着てなかったんだけどね」


 なるほど、服の出どころはそこだったのか……いやまぁ、そういう話がしたい訳じゃないことぐらい、理解しているが。


「で?」

「ん?」

「あるじゃん、オシャレだね、とか」

「いやぁ女性のオシャレってよくわかんなくて」


 はぁ、と夏美がため息をつく。仕方ないだろう、女性の服の名称なんて男には呪文にしか思えないのだから。


 けれど、確実なことがひとつ。


「でも、ドキッとはした」

「どれぐらい?」

「かなり」


 夏美は視線を合わせずに、ふーんと漏らす。


「……五十点」


 いいんだか、悪いんだか。


「あと何が足りないんだよ」

「ん」


 恥ずかしそうに夏美が右手を差し出してくる。追試も落第も避けたいから、その手を恐る恐る握り返す。


「これで何点?」

「……とりあえず、百点」


 それから無言で、夏美と手をつないで歩く。胸の鼓動がうるさいのは、小学生以来の満点が取れた嬉しさだけじゃないだろう。


 展示物とか、何にも目に入らなさそうだ。




 ——そんなことはなかった。


「ほぁー……」

「すっげぇー……」


 早速恐竜の化石にお出迎えされ、俺達は間抜けな声を上げた。二人してフロアガイドを見る。M2FとかRFってなに?


「ていうかめっちゃ広いね、地元のやつぐらいかと思ってた」

「俺も」


 博物館と言うと、地元の歴史にまつわるものが置いてある、という認識だった。しかしここには地球の歴史を置いてやろう、という気概を感じる。


「何階建てだっけ」

「数え方よくわからん」

「ここ、何時までだっけ」

「確か五時」

「今何時?」


 スマホを取り出し確認する。


「三時半」

「全部行けるかな」

「ダッシュで見れば、あるいは」


 あたりを見回して頭の中で計算する……競歩ぐらいなら間に合うだろうか。


「ねぇ空。頑張って全部見るのと、じっくり行けるとこまで見るの、どっちがいいかな」

「じっくり」

「賛成ー……」

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