第二十三話 彼女の決意
「五月の新人戦のチケットを買ってあげよう。久坂と月城の知り合いなんだろう?」
急にまともな提案を言い出して、驚く。
「興味がないと言われたら、それまでなんだがな」
「いえ、オレめっちゃ見てみたいです!」
「俺も、超応援したいです!」
藤と声を張り上げる。こんなにも焼肉に行きたくないのは生まれて初めてだ。
「おお、そうか! 知り合いが見に来てくれるのは、本当に心強いからな。二人にもいい経験になるな」
今度は夏美と月城を見て頷く。あれ、この人……まとも、なのか?
「とはいえ、新人戦は複数週の土日に跨っていてだな。初日なら確実に見られるが、最終日は決勝だから応援できる保証はないぞ。どうする?」
どう答えるべきか、迷う。それはつまり、夏美達がどこまで勝ち進むか信じているか、という話でもある。
けれど、そういうのは。
「キャプテン、最終日でお願いします」
本人が決めるべきことだろう。
「ほう久坂、言うじゃないか」
勝気に笑う夏美と、不敵に笑う早瀬先輩。後ろの月城はやれやれと笑っているが、心底嬉しそうな顔をしている。
「明日からもっと厳しくするぞ?」
「望むところです」
二人の間に火花が散る。
——本当に、よかった。本気をぶつけられる相手が、本気を信じてくれる仲間が、彼女の隣にいるのだから。
「なら、いつまでも英気を養っているわけにはいかないな」
立ち上がる早瀬先輩。それがお開きの合図ということぐらい、全員が理解していた。
「玄関までお送りしますよ」
「食器は洗わなくていいのか?」
「俺、家近いので。手伝ってから帰ります」
「それは無作法な気がするのだが」
夏美と二人で残るより、食器をそのままにしてしまう不義理を気にする様子を見せる。
「え? 無作法って今更ですかキャプテン? 私達に取り押さえられたのに」
「……気がしただけだった」
だが月城の刺したナイフに引き下がるしかなかったようだ。
「じゃあな、桜庭」
「夏美も練習頑張ろうね」
二人が早瀬先輩を連れ出してくれる。バタンと扉が閉められると、俺達はその場にへたり混んだ。
「「疲れたぁー……」」
同じ感想を漏らしたから、互いに顔を見合わせ笑う。
「本当ごめんね、迷惑かけて」
「いやー強烈な先輩だったな」
乾いた笑いが口から盛れる。色んなものを拗らせたら、人はああいう風になるのだろう。
「けど、いい先輩だったな」
「うん」
あの人は夏美の決意を何一つ笑わなかった。それだけで理由は十分だ。
「でも、今日はちょっと腹立ったかも」
「どれ? 色々あったけど」
二人して立ち上がる。だが夏美はなぜか視線を合わせてくれない。
「……あたしも、あれやりたい」
「あれって?」
「ご飯か、お風呂のやつ」
……夏美、お前もか。
「だ、大体一緒に住んでるあたしがまだやってもらってないの、おかしいから」
「なに、妬いてる?」
「……好きに考えたら?」
それはそれは、存分に勘違いしていいらしい。
「じゃあ、あたしこっち」
夏美が玄関側に行き、俺は廊下側に行って。
「エプロンとお玉は?」
「それは毎日見てるから」
勝ち誇った顔を夏美が浮かべる。なるほど早瀬先輩に勝ちたいらしい。
「俺は弟の方がいいか?」
「小さいころはそう思ってたんだけどね」
「あー……よし」
咳払いをすると、夏美が帰ってくる。
「た、ただいまー……」
何度も言った『ただいま』のくせに、彼女の耳を真っ赤に染める。
「お、おかえり夏美。ご飯と風呂、どっちにする?」
虚しさが沸き上がったはずの台詞が、恥ずかしくて死にそうになる。
「んー……」
夏美は少し迷ってから。
「迷っちゃう、な」
抱きつきながら、定番の三つ目の選択肢を選んだ。
「……しないの、撫でたり」
夏美の髪をそっと撫でる。ふふっと笑い声が漏れるから、もう触れるのは怖くない。
ところで今日の接待を頑張ったのは、下心があったわけで。
「それで、夏美がお願い聞いてくれるって話なんだけど」
「したね」
頼み事はもう決めていた。
「デートとか、行かない? 忙しいのは知っているけど、買い物じゃなくて、さ」
「……講義の後でもいい?」
「いいね、大学生っぽくて。早く終わる日ある?」
「水曜は三限まで。練習も休みだよ」
「じゃあそこで。行先は……どうしよっか」
しまった、下調べしておくべきだった。東京は何でもあるが、知らないのはないのと一緒だ。
「じゃあさ……博物館、行こうよ。そういうの好きでしょ?」
「よくわかってるね」
「……じゃあ、水曜博物館ね。待ち合わせとかしてみよっか。今度は、デート、なんだしさ」
「よし」
嬉しくて、つい抱きしめてしまう。
「でもこれだと」
夏美の腕が俺の体を強く抱く。その感触がただ嬉しかった。
「あたしばっかり得してるなーって……」
ガチャリ、と。
扉が開いても抱き合っていたせいで、上手く離れられなかったわけで。
「すまん久坂! ちょっとスマホ忘れた!」
——一番見られてはいけない人に、見られてしまうわけで。
「ああああああ……」
早瀬先輩がその場に倒れる。今度も四つん這いだ。
「……遅かったか」
「いやイチャつくの早すぎでしょ」
追いかけて来たであろう藤と月城は、額に汗をかいていた。だが先輩の方が足が速かったのだろう。
「おとっ、おと、弟君が……寝取られっ……たあっ!」
ボロ泣きする実害先輩。凄い、全部間違ってる。
「弟と寝るなよ」
「はいはいキャプテンスマホでちゅよ~っ」
冷静な突っ込みをいれる藤と、ささっとスマホを回収する月城。そして連れ去られる宇宙人みたいに、実害先輩を引きずり始めた。家から遠のくはずなのに、絶叫の音量はさっきよりも大きくなっている。
「こいつら、交尾っ……したん、だあああああああああああああああああっ!」
……そっちは否定できない。
「「声でかっ」」




