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第二十二話 ついた嘘の代償は

 いつもの食卓テーブルは五人は座れないので、テレビの前のローテーブルを囲む。


「いやぁ、すまなかったスパダリ君、おもしろメガネ君」


 三本目のノンアルビールを飲み欲してから、不審者が深々と頭を下げる。どっちがどっちなのかは理解したが、落差があんまりじゃないだろうか。


「……ここ最近、色々忙しくてな。いよいよ不満が爆発しそうだったんだ」


 あれが『しそうだった』で収まっていることに恐怖を覚える。


「早瀬先輩、やっぱり三年って忙しいんすか?」


 チャーハンを食べながら、兄さんが、じゃなかった藤が当たり障りのない話題を広げてくれる。


「インターン先の選定だったり、ゼミが始まったり、その上キャプテンもやっているからな。今年の一年は鍛えがいがあるしな」

「お疲れ様です……」

「どうぞエビチリです……」


 空いたグラスに飲み物を注ぐ夏美と、エビチリを盛って差し出す月城。


「しかし本当に美味しいな、料理。材料費は」

「二年の先輩方も出してくれるって言うんで、気にしないでください」

「そうそう、キャプテンは働きすぎなんですから」


 少しだけ目が潤む早瀬先輩。どうやら夏美はいい仲間に恵まれたらしい。昔とは——もう違う。


「しかし、いい部屋だな。久坂はここで一人暮らしなんだよな?」

「えっ? ええまぁ、一人暮らしですね」


 照れ隠しだろうか、話題を変える早瀬先輩。少し反応の遅れた夏美だったが、なんとか嘘を貫く。


「あっちが寝室か?」

「ですね」

「あっちは空いてるのか?」

「物置、です。前の住人の残した家具が結構あって」


 俺の部屋は物置です……。


「開けたら一人ぐらい住めるんじゃないか?」

「そう、かもしれませんね」


 やめてね本当にね。


「そうだ、月城とルームシェアしたらいいんじゃないか? 生活費あまり余裕ないってこぼしていたじゃないか!」


 と、ここで早瀬先輩が余計なことを思いつく。


「物置の整理ぐらい、私が手伝ってあげようじゃないか。免許あるからな、車なら出せるぞ? どれちょっと確認するか」


 席を立とうとする早瀬先輩。まずい、それだけは本当にまずい。バレたら何をしでかすかわからない。近隣住民から苦情が飛んでくるレベルを想定すべきだ。他の人みたいに揶揄われるとかそういう次元じゃない。実害がある。実害先輩だ。


「姉さん、ビールもっと飲みなよ」

「姉貴、オレの酒が飲めないのかよ」


 察してくれた藤と一緒に、これでもか実害先輩のグラスにノンアルビールを注ぐ。


「私はお父さんが、オートロックじゃないと住んじゃダメだって」

「なるほどなぁ、そういう事情もあるか」


 月城の完璧な言い訳に関心してしまう。なるほど誤魔化すってのはこうやるんだな。


「なら私が住むのは」

「姉さん、チャーハンもっと飲みなよ」

「姉貴、オレのチャーハンが飲めないのかよ」


 グラスは満杯なので、実害先輩の取り皿にひたすらチャーハンを盛り付ける俺達。


「あ、チャーシュー落ちちゃった」


 と、ここで小さなハプニングが起きる。なんてことはない皿からあふれたチャーシューがコロコロと転がって、テレビ台の下に落ちたのだが。


「ん?」


 この時、俺も夏美も知らなかった。忙しさを理由に、完璧な掃除をしていなかったのが悪い。


「テレビ台の下、なんかあるな。こういうのは早めに取らないと忘れるからな」


 テレビ台の近くにあるボールペンを駆使して、机の下のものを取り出す。俺達は止めるべきだったのだ——この人の一挙手一投足を。


「よし」


 ペンに弾かれ、回転して机の下のものの正体が露になる。


「あー……大人のビデオだな」


 まず夏美と月城が俺を睨む。だが知らない、俺は全く身に覚えがない。ひたすら首を横に振るしかできない。藤は俺の肩をポンと叩く。やめろ『わかるよ』みたいな顔をするな。


 なお先輩はパッケージの裏を熟読している。


 そこで、俺と夏美が目を見開いて互いに指さす。誰も知らない大人のビデオ――その持ち主とは。


「それ、前の住人のです」


 どや顔で夏美が言う。それこそが多分真実……なんだろうけど。


「久坂」


 夏美の肩をポンと叩き、『わかるよ』って顔をして。


「その言い訳は無理があるだろ」


 ——うん、まぁ、そうですよね。はい。






「いやぁ食べた食べた! 男子の手料理という特別感を味わいに来たつもりだったが、本当に美味しいものを頂いてしまった」


 俺と藤が用意した料理は、すっかり全員の胃袋に収まってしまった。でき上がった料理の山を見て『作りすぎじゃね?』と言って苦笑いした二人の認識はどうやら間違っていたようだ。


「スパダリ君とおもしろメガネ君には何かお礼をしなければいけないな」

「えっ」


 ちなやつでもいいですかと、藤は言おうしたのだろう。


 だが同時に思い出したのだ、この人相手にえっちなお願いをしたら、自分がどんな目に遭うのかわからないと。俺達の記憶から後輩に取り押さえられるこの人の姿は消えないのだから。


「いやいや、気にしなくていいですよ。オレも楽しかったんで」


 すごい、おもしろメガネが引いている。


「俺も色んな調味料買えたんで。助かります」

「ん? 久坂の家のだろ?」


 ……やっべ。


「あー、持って帰るんですよ、空が、ね?」


 机の下で夏美に蹴られ、事情を知っている藤と月城がため息をついていた。すまん、今のは失点だった。


「商品券は大人すぎるな、カタログギフト……いやそっちの方が大人だな。そうだ焼肉とかどうだ? インカレの後なら私も酒が飲めるからな」


 男子大学生にとって、焼き肉ほど魅力的な提案はないだろう。だが、この人が、酒を飲む——絶対ろくでもないことになる。


「いや本当、オレら学食のカレーとかで十分なんで。な、桜庭」

「そうそう、素うどんとかで大丈夫ですから。だよな、藤」

「さすがにつり合いが取れないぞ、それだと」


 ハハハと笑う早瀬先輩。


「じゃあ、こういうのはどうだろう」


 気づくと俺も藤も正座になっていた。


 ——今度は一体何を提案されるんだ?

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