第二十一話 おかえり、姉さん(誰だよ)
折れてくれた藤と駅前で合流し、近くの都市型スーパーで買い物を済ませる。んで家の前まで着いたのだが。
「ここが久坂さんの家?」
「ああ」
物珍しそうに扉を眺める藤。何もおかしなところはないと思うが。
「鍵は?」
「……預かってる。俺、近所のワンルームに住んでるんだ」
用意していた嘘と一緒に、鍵を取り出す。だが藤は情けないものを見る顔をして、盛大なため息をついた。
「桜庭は嘘が下手くそだな」
「ん? 何のこと?」
「同棲してるの、少しは隠せ」
そんなそんな、俺が夏美と同棲してるわけないだろ。
「んなわけないだろ」
「表札」
藤が顎で表札を刺す。久坂夏美の下には、桜庭空の名前があるので。
「あぁー……」
とりあえず、うん。外しとくかコレ。
「2LDK家具家電幼馴染つきぃ!?」
事情を聞き終えて藤が叫んだ。客観的事実を並べるとその通り過ぎるなこれ。
「まぁそうなるな。ルームシェアだ」
「まぁそうなるな、ルームシェアだ、じゃねぇだろ……うっわーこれが格差社会か。月城さんも知ってるの?」
「昨日めでたくバレた」
一応夏美に『すまん藤にもバレた。だが俺一人であの量は無理だ、手伝ってもらうから勘弁してくれ』とメッセを送っておく。
「詰め甘いもんな。あそこで置きっぱなしのブルーレイとか。どうせ洗面台行ったら仲良く歯ブラシ二つ並んでるんだろ?」
あれ、もう見て来た感じ?
「で、トイレに突撃とかした?」
「お前の中のルームシェアどうなってんだよ」
他にもっとあるだろルームシェアのあるあるシチュエーション。
「誰が来るんだっけ」
「月城とキャプテンさん」
「キャプテン? どんな人?」
会ったことはもちろんない。だが夏美が何かと話題に上げていた気がする。大会のページにも写真で乗っているとか、なんとか。調べたら出てくるか。
「あ、つよそうって言ってたからこの人だわ」
スマホで検索するとすぐに出てくる。背の高い会社の美人上司、みたいな感じだな。
「いや弱そうだろ」
「どこがだよ」
「へへっ言わせんなよ」
「お前絶対言うなよ」
絶対ロクでもないだろうから。
「キャプテンにはバレてもいいのか?」
「とてもよろしくない」
「じゃあもっとやる気出して痕跡消せよ。お前の部屋は……こればっかりは物置って誤魔化すしかないな」
その通り過ぎて何も言えない。とりあえずアニメのブルーレイを片付け始める。
「テレビでけーな、見逃し配信見てもいいか? 今日のプリティなやつ」
「意外だな、見逃してたのか」
「リアタイも見たに決まってるだろ」
ごもっとも。
「女と同棲してるやつの部屋でプリティなアニメを見る。これ以上の快楽があるかっ!」
「あるだろ絶対」
コンビニとかで売ってそうだ。
「で、何作るんだっけ」
スマホを開き、確認する。夏美からのメッセによると。
「チャーハン、麻婆豆腐、エビチリ、チンジャオロース、回鍋肉、餃子、あと中華サラダ。飲み物のノンアルビール六本」
「うわぁ無茶ぶり」
と、さらに追加のメッセが夏美から来る。
「あ、待て」
内容を確認すると料理の追加注文……ではなく。
「……もっと無茶ぶりが来たわ」
お出迎えの際の服装と、台詞が指定されてあった。うわぁ、という感想しか出てこない。うわぁ。
「この人、オレ並に大概じゃないか?」
藤の意見に、俺は同意することしかできなかった。
……とりあえず餃子作るか。
チャイムの音が響く。いや自分の家なんだからチャイム押すのおかしいだろ、とか言わない。考えない。なぜなら俺は今この瞬間から弟なのだから。なんで? だめだ考えるな。
「んじゃノンアルビール出すわ」
藤が冷蔵庫を漁る。じゃなかった、兄さんだ。藤はもう、俺の兄さんなんだ。ちなみに俺と兄さんと姉さんは全員血が繋がってないらしい。ヤバい頭おかしくなってきた。
「頼んだぜ、弟よ」
藤はずっと苦笑いがしている。サブキャラだからってちょっと気を抜いている。ちょっと反抗的な義弟らしい。知らねぇよ。
チャイムが連打される。どんなにうるさい騒音よりも脳を犯し続ける。ピンポンピンポンピンポンピンポン。ノイローゼになりそうだ。
「はぁい、今行きまーす」
扉を開ける。服装は指定されていた。黒いワイシャツに、エプロン。片手にはお玉。もちろん使ったお玉を持って歩くと床が汚れるので、洗ってある。何で持ってるんだ? だめだ正気になるな。
「ふぅー……ただいま。きょ、今日の部活は大変だったなーっ……」
初対面の人が、自宅にただいまと言ってくる恐怖。ヤバい、怖い。知らんし。目がずっと泳いでるくせに、俺のことをじっと見てくる。瞳二つあるのかこの人。
「おっ」
——おまわりさんって、何番だっけ。
そう聞きたくなる気持ちを何とか抑え、用意していた台詞を吐く。
「おかえり姉さん、今日もお疲れ様。ご飯にするかい、それともお風呂かな? でも、ご飯だと嬉しいな……姉さんには、でき立てを食べて欲しいから」
まさかこんな台詞を俺が言う日が来るとは。なぜだろう虚しさが胸に去来するのは。ちなみに料理は一時間前に全部作り終わって、今藤が温め直している。
だが姉さんは……この知らん人は、そうではなかったらしい。鼻息をフンフンと慣らして、血走った目で俺を見てくる。
「弟にするぅっ!」
飛びつこうとする赤の他人。だがその手は届かない。両腕を両サイドの店のスタッフに取り押されらえる。
「すいませんキャプテーン、空くんおさわり禁止なんですよ」
「やだ! おさわりしたい! おざわりじだいいっ!」
怖いってこの人本当に。夏美と月城が取り押さえても前に進もうとしてくる。
「あんまりうるさいと、うち出禁にしますよ!?」
「なってもいい! なってもいいから! 弟君、撫で撫でしてぇええっ!」
誰か助けてくれ。本気で恐怖を覚えている俺の後ろから救いの神がやって来る。
「おいおい、うるせぇぞクソ姉貴」
兄さん。いいなぁ、この不審者にうるせぇとクソが言えてさぁ。
「飯が冷めちまうだろ、あんまり遅いと姉貴のビール飲んじまうぞ~っ?」
藤がウィンクしながら、ノンアルビールの瓶を揺らす。
「あ」
それが効いたのか、それともひとしきり満足したのか。
「何をやってるんだろうな、私は……」
その場に四つん這いになって、涙を流し始める。
「後輩の、家に、おしかけて……! あまつさえ、知り合いを呼んでもらって……! 『スパダリ弟とヤンチャ弟に溺愛されて夜も眠れない』をやってもらうだなんて……!」
本当だよ何やってんだよこの人、もう一歩で警察呼ぶところだったんですからね。
「えっと、警察」
「空、静かに」
——いやどうすんだよこの空気。だが俺は舐めていた、見くびっていたんだ。
藤竜太という男を。
「おいおい、うるせぇぞクソ姉貴」
兄さん。シークバーを戻したかのように、同じ音声を再生する。
「飯が冷めちまうだろ、あんまり遅いと姉貴のビール飲んじまうぞ~っ?」
やだ、超イケメン。藤は俺と夏美、そして月城から尊敬のまなざしを一身に集めていた。
「ご」
おっ、ごめんなさいか?
「ごちになりますっ……!」
……帰らないんだ、大学には色んな人がいるんだなぁ。




