第二十話 親友は何を言う
「早瀬キャプテン、昨日はありがとうございました!」
練習の休憩時間に、キャプテンに深々と頭を下げる。
「何を言うかと思えば」
キャプテンはペットボトルをひとつ取って、あたしに投げて渡してくれた。
「後輩の面倒を見るのは先輩の義務だからな。お前も後輩ができたら、ちゃんと面倒みてやるんだぞ」
部活の上下関係に、あまりいい記憶はない。高校の時は互いにつかず離れずだったし、中学の時は……思い出したくもない。
「……はい!」
大学は、違うんだと思った。二年の伊藤先輩や、三年のキャプテン。四年生は、あまり会話はないけど……それでも和気藹々と過ごせている。
「それはそれとして……私には夢があるんだ」
「はい」
何かあるんだ。やっぱりインカレ優勝とかだよね。
「……男の手料理が食べてみたい」
「は?」
んー……?
「月城はあるか!? 男の手料理が食べたことが!?」
「あっ、ありまーす。きの」
「はいはい加奈は黙ってようねーっ」
昨日と言いそうになる加奈の口を急いで塞ぐ。
「夏美、ちょっと明るくなったねぇ」
「おかげさまでね」
自分の心が軽くなったのを感じる。あたしは空が好きで、誰にも渡したくなんてない。向かい合わなきゃいけない心の傷は、まだあるけれど——それだけは変わらないんだと気付けたから。
「いいなぁ二人とも」
そして拗ねるキャプテン。
「部活は楽しいさ。可愛い新入生も入って、練習だって気合十分だ。でも、ないんだよ……潤いが」
潤いて。
「これを見ろ。ライバル校のSNSのアカウントだ。写ってるのは向こうのエースだな」
キャプテンが撮影用のタブレットを操作し、SNSを開く。鷺沢大学のエースがドリブルする写真が上げられており、コメントには……。
『めっちゃかわいい!』
『付き合って欲しい!』
『一緒にバスケしたい!』
身勝手なコメントに眉を顰める。
「なんかこういうの嫌ですね、こっちは真剣にスポーツやってるのに見た目の話しかしてなくて」
「よく言った久坂。だが多くのプロスポーツが興行である以上、選手の容姿に商品価値が出るのは仕方のないことさ。女子大学バスケもチケット代取るしな、顔ファンでもいいから一人でも多く来て欲しいのが本音だ」
「そうかもしれないですけどぉ」
やっぱりちょっと納得できない。この鷺沢大のエースだって、血の滲むような努力をしてきただろうに。
「そしてこっちが我らが赤大女バス部のSNSのアカウントだ。もちろん写っているのは私だ」
ついで、うちのアカウントにはキャプテンが試合でレイアップを決める写真が投稿されている。コメントは。
『つよそう』
『女帝』
『こわい』
……うん、まぁ。
「……な?」
「えっと、何がですか?」
とぼけてみるが、多分上手くできていない。
「ないだろ、潤い」
「……です、ね」
認めざるを得ない。鷺沢大にはついていた大量の絵文字やハートマークがこっちにはないのだから。
「このままだとインカレも潤い不足で敗北してしまうかもしれん……!」
「えぇ……」
両手で顔を覆い嘘泣きをするキャプテン。どうしようこれと悩んでいると、二年の伊藤先輩に背中を叩かれる。
「なつみん、かなかな。ちょっとこっち」
背が高く、可愛い感じの伊藤先輩に頭を小さく下げられる。
「何とか協力してくれない? 正直キャプテンも結構限界来てるんだよね。インカレ終わったらインターンとか始まっちゃうし」
「そうなんですか」
正直言って、キャプテンは激務だ。練習メニューをコーチや監督と相談し組み立てたり、対外的な……さっきのSNS周りの露出だったりと、とにかく忙しい。さらに自分の勉強に加え、夏のインターンの準備もある。
「これ昨日の二次会のカラオケの写真」
「そうなんですね」
伊藤先輩が写真を見せてくれる。ネクタイを頭に巻いて、ソファの上に立ち上がり、マイクを片手にピッチャーの水を一気飲みしている。隣に写る他の先輩方の顔は、かなり引き攣っていた。
「ちなみにこっちがキャプテンの素ね」
「そうなんですね……」
「いやぁ二人は途中で帰れてよかったよ」
遠い目をして伊藤先輩が笑う。
「お願い二人共っ! キャプテンのストレス解消させてあげて! 食材費とかカンパしてあげるから!」
今度は深々と頭を下げられる。そこでようやく、加奈が気付く。
「あれ、私も付き合う流れになってない?」
「……何言ってるのよ、親友でしょ?」
◆◆ ◆
モーニングコールが鳴る。時間は十一時半、朝と言うには遅い時間だが七時に寝たから仕方ない。これが夏美なら嬉しかったのだが。
「んだよ藤かよ」
スマホを持つのすら面倒なので、スピーカーで済ませる。
『うぃーっす桜庭。秋葉行かね?』
「行ったことないっす」
なので行きたいかどうか、判断できない。東京観光はちゃんとしたいと思っていたが、いきなり秋葉原というのもな。
『だったら尚更だろ、楽しいぞ? てか何だよその声、昼まで寝てたのか?』
「警察のロボットのやつ、徹夜で見てたからな」
欠伸交じりに理由を答える。うん、嘘は言っていない。
『Ⅰ?』
「Ⅲまで見た」
『名作だよなぁ。というかそれなら、もっと尚更だろ。プラモ売ってるぞ』
「プラモなぁ」
『コクピットハッチが開くぞ』
「……普段は欲しくないが、今はめっちゃ欲しい」
『どーする?』
と、ここで夏美から『今電話していい?』とメッセが来る。
「わりぃ、ちょっとかけ直す」
『おう早めに決めてくれ~』
一旦藤との電話を切り、夏美にかけ直す。
「なんでしょう」
『もしもし空? ちょーっと頼みたいことがあるんだけど』
ははぁ、なるほどね。
「俺は声デカくな」
『それはもういいから!』
「声デカっ」
思わず素直な感想が漏れると、夏美の悶絶が聞こえてくる。
『~~~~っ! 切るよ!?』
「俺はそれでいいよ」
というか何の電話だったんだ?
『いや、じゃなくて、さ……えっとね、加奈とキャプテンが、晩御飯食べたいんだって』
「行ってらっしゃい」
じゃあ秋葉行くかな。
『じゃなくて、キャプテンが……男子の手料理? 食べたいって駄々捏ねちゃって』
「うん」
『ちょっと作ってくれないかなーって。今日の夜』
「場所は?」
『あたした……あたしの、家』
たち、ね。うん。
「月城にはバレてるけど、キャプテンにもバレていいのか?」
『だめ、ですね……はい。うまく、やって、いければ』
どんな相手かは知らないが、いきなり男の手料理が食べたいと言い出す人だ……きっとバレたら月城の比じゃないぐらい面倒になるだろう。
『本当お願い! 空の頼み、ひとつぐらいなら聞いてあげるから!』
「えっちなや」
『それはだめ』
はい。
「冗談だよ、何時ぐらいだ?」
『七時ぐらい?』
「わかったよ。それで、何を食べたいんだ? キャプテンさんは」
『キャプテーン、リクエストありますか!? はいはい、中華だって』
作れなくはないな。
『市販のパックのやつも嫌だって。あ、お金は心配しなくていいから。あーはいはい、たくさん種類があると嬉しいってさ! え? 茄子は嫌い? うん、あとでメッセする!』
うーん、とっても面倒臭そうな人だ。
「……七時だな」
『お願いっ! 加奈とキャプテンの三人で行くからっ!』
プツンと電話が途切れる。
さてこれで日曜の予定が決まったわけで。急いで布団から飛び起き、洗面所へと向かう……前にと。
「すまん藤、秋葉行けなくなったわ」
藤に電話をかけ直す。
『どした急用か?』
「四人分の中華料理を作る羽目になった」
『うわー面倒だなー』
そう、確かに面倒だ。一人で、一人で……やるのか?
「……藤、料理できたりしない?」
『多少ならなー。高校の時ラーメン屋でバイトしてたんで。金もないし、もう一回あそこに雇ってもらうかな……』
しかも即戦力と来ている。
「なぁ、藤……俺と『ゆあばすけっと』に行かないか?」
『え? やだけど』
「何言ってんだよ、俺達親友だろ? 行けよ」




