第十八話 家路
夏美と家路を歩いていく。傘から右肩が出て、汚したくなかったシャツが雨に濡れる。それがちょっと、誇らしい。
「その大きい袋、何?」
「アニメのブルーレイ。藤と会長から押し付けられた」
左手に持った袋を気にする夏美に、中身を教えてやる。
「本当に大学行ってたんだ?」
「本当にねぇ」
自分でもそう思うが、これでよかったんだと思う。理由と今、隣を歩けたから。
「加奈にバレちゃったねぇ」
「夏美のせいでねぇ」
「……ごめん」
心底申し訳なさそうにする夏美。そこで気づく。
「でも、別によかったのかもな」
俺は別に、これを誰に言ってもよかったのだと。死ぬほど茶化してくるであろう藤は別枠として。
「そりゃあ男女でルームシェアなんて、もし高校生がしてたら問題だけど」
これがもし、高校だったらと思う。クラスからあることないことを言われ、違うんですと否定する。けれど大学に、クラスなんてものはなくて。
「大学生だからな。あと一、二年もしたら、そういう人も増えてくだろうさ。珍しいけど、あり得ないことじゃないんだなって」
男女が一つ屋根の下で暮らす。つい先日まであり得なかったはずなのに。
「変な感じ。ついこの間まで地元で高校生やってたのに」
いつかは当たり前だったことが。
「今はこうして、空と知らない街を歩いてる」
今なら、こんなにも大切だったんだと気付く。
「人類の進歩とは我々の認識よりも早く進むもの、らしいぞ」
ふと耳に残っていた言葉が口をつく。気が付くと俺達は、一緒に暮らしても社会から許される年齢になっていたから。
「いいねそれ、誰の言葉?」
「うちの会長」
「含蓄あるねぇ」
「宇宙の話らしいからな」
湖の水は、知らない人にも沁みるらしい。
「晩御飯、今日は何?」
「あー、朝も食ったけどミートソースでいい? 麵茹でるだけで済むから」
「えぇ、あれ味しなかったんだけど。味付け失敗したんじゃない?」
「奇遇だな、俺もだよ」
いたずらっぽく笑う夏美に、わざとらしい言葉を返す。意地の張り合いが楽しかった。
「そういえば、全然外食してないよね」
赤信号で立ち止まると、夏美がそんなことを言い出す。
「確かに」
「毎日作るの大変じゃない?」
「大変だけど、作り甲斐はあるよ。夏美が結構食べるから」
今度は俺の維持と悪戯心が沸き上がる番だった。
「太った?」
蹴られた。当然である。
「ごめんなさい」
「ちゃんと運動してまーす。冗談でもそれ、禁句だから」
信号は赤のまま、夏美が続ける。
「ねぇ、今お金ある?」
「あらやだカツアゲですか?」
「あー、いいねぇカツアゲ」
青になっても動かない。代わりに反対側にある和食のチェーン店を指さす。
「揚げ物、家でやると面倒だしな」
「それママも言ってた」
踵を変え、また赤信号を待つ。このまま青にならないでくれと、心のどこかで願いながら。
帰宅後、風呂を入り終えた俺は、テレビの前で頭を悩ませていた。並べているのは押し付けられたブルーレイの数々。ちなみに宇宙の英雄と巨大ロボットのやつはない。まだ早いお前はまずアニメに慣れろ、と言われたせいだ。
「空って、アニメ好きだっけ? アニメ研究会なんて入っちゃって」
「……過去問もらえるからな」
入った理由はそれだけじゃないが。
「あ、それ懐かしい。昔ショッピングモールの映画館で見たよね」
夏美が一本のアニメ映画を指さす。ああこれね、キャラクターに見覚えはある。
「おばさんが連れて行ってくれたんだよな。どんな内容だっけ?」
「あたしもよく覚えてないかな」
車で送ってくれたんだっけか。話は——なぜか全く思い出せないな。
「一緒に見ない?」
自然とそんな言葉が出た。夏美は少し考えてから、お菓子の保管する棚を眺めて。
「……ポップコーン食べていいなら」
本当に太るぞ、それ。
部屋を薄暗くして、ポップコーンの袋を夏美が抱えて。三人掛けのソファに、一人分の半分の距離を開けて。
時計を見ると『まだ』三十分。
「内容覚えてない理由思い出したわ」
「あたしも」
理由が明らかになる。うん、つまんないわこれ。子供向けというよりは、子供だましと言うべきアニメ。
「微妙だな、これ……見るのやめるか?」
「んー……他に見るものないし」
夏美がうつらうつらと揺れ始める。
「眠そう」
「あたしだけ練習増やされたからね」
「余計なことでも言ったんじゃないか?」
「……そうなのかもね」
夏美が倒れそうになる。頭を打たないよう自然と手が伸びる。
「おっと」
こっち側に倒れるから、自然と頭が俺の膝の上に乗る。
「寝るならベッドの方が」
寝息を立て始める夏美。映画の台詞は、もうよく聞こえなかった。




