第十七話 ボーイズ・トーク
「どうした親友、ラブコメは嫌いか?」
「別に」
七十インチのテレビに映る、水着の女の子たち。日曜日にこんな景色が見れたら最高なのは間違いない。だが、問題は場所だ。
「何で俺、日曜にサークルにいるのかなって」
月城から逃げ込んだ先は、本当に大学だった。時間を潰すには金がなく、街を歩く元気はない。なんとなくサークルに行くと、なんと会長と藤がいた。なので俺もここに居ついてしまっている。
ちなみに会長は小太りの男性で、本人曰く『たまに教授に間違われる』とのこと。
「お前が言うなよ、来るとは思わなかったぞ」
「俺も行くとは思わなかった。藤は何で日曜にいるんだよ」
自分を棚に上げ尋ねてみる。
「オレは実家のリビングでちょっとエッチなラブコメを見る勇気がなかった」
「部屋で見ろよ」
「おっぱいは大きい画面で見たいだろ」
ばいんばいんと揺れる。なるほどね。
「ちなみに会長は何か作業してるんですか?」
ノートPCを開き、キーボードを打っている会長に声をかける。
「今度アニメ研究についての同人誌を出すからね。それについて執筆しているんだ。家にいると、どうも集中力が途切れてしまってね」
「題材は?」
「宇宙英雄伝説を対象とした時代におけるキャラクター比較論、だね」
うーん知らないアニメ。
「見るか? 不朽の名作だぞ」
「サブスクで手軽に見れるからね。昔は一話ごとにビデオテープが送られてきたというのだから、いやぁ人類の進歩とは我々の認識よりも早く進むものだ」
「宇宙の歴史がまた一ページ……」
感慨にふける藤と頷く会長。俺もそのアニメを見たら今の言葉に感銘を受けるのだろうか。
「何話あるの?」
「本伝が一一〇話」
三桁?
「外伝もあるような口ぶりだな」
「五十二話あるな」
「そんなに?」
「それにリメイク版もある」
「劇場版もあるよー……」
よく沼にはまる、なんて言うが……どうやら二人は俺を湖に沈めたいらしい。
「そのうち、だな」
まだ準備運動も終わってないからな。
「お、ラッキースケベ」
ラブコメ主人公が海に入ると、高波が女の子たちの水着を奪う。器用すぎるだろこの白波。あと乳首を隠す太陽光。
「そういえばラッキースケベという単語が初めて創作物に登場したのはかの有名なロボットアニメシリーズと言われているね」
アニメ研究会っぽい蘊蓄を会長が話してくれる。
「空はどれが好きだ? アナザー系? てかいまオルタナティブシリーズって言うんだっけ」
「いや、ちゃんと見たことないな」
テレビで色々やっているのは知っているが、きちんとみたことはない。子供の時はプラモデルを買ってもらったが、夏美に壊されて以来強請らなくなったんだよな。
「桜庭君、君は非常に幸福な人間だ」
眼鏡をクイッと直す会長。
「どうしてですか?」
「なぜなら君の人生には、かの壮大な叙事詩を初見で楽しむ喜びがあるのだから」
うんうんと頷く藤。今度は海に沈めたいらしい。
「たくさんありますけど、どれから見たらいいんですかね」
——その瞬間、部屋の空気が凍り付いた。
え、何か変なことを聞いた?
「やはりここは初代劇場版三部作からが妥当だね。シリーズの基本設定を理解するにあたって、やはり時代順に見て『逆襲』に触れるべきだと言わざるをえない」
うおっ会長めっちゃ早口。
「エゴですよ、それは! 『逆襲』は必ず通るべき道ですが、初心者にはまずシリーズへ慣れるところから始めるべきです! 会長は焦りすぎなんです、人はいきなり宇宙に出たって革新できたりしない!」
うおっ藤も負けてない。
「しかしねぇ、地続きの作品が映画館でやっていたのだから……」
「よく喋る!」
その後二人はおそらく壮大な叙事詩の台詞を引用しながら、互いに罵り合いながらも知性を認め合う。
これはもう、あれだな。
「なぁ、この幼馴染と付き合うんだよな?」
俺は浜辺でラブコメを見ながら、準備運動に勤しんでようか。
ラブコメを見終えたころには、すっかりと日が傾き始めていた。ちなみに俺が推していたツンデレ幼馴染はハーレムの一員とかいうクソみたいなポジションに落ち着いた。俺あの主人公嫌いだわ。
「雨かぁ」
最寄り駅まで戻れたのはいいものの、改札の出口で雨に気づく。傘はもちろん持ってきていない。そしてコンビニでビニール傘を買う余裕は無い。
スマホで天気を調べると、明日の朝まで降るらしい。走れば間に合いそうだが、今日の服は夏美が買ってくれたやつだ。
正直、雨で汚したくない。それ以上に、雨の中歩くのは大嫌いだ。
……一本ぐらいビニール傘買っておくか。
「空?」
「おお」
夏美がいる。部活帰りのジャージ姿だ。
「傘持ってきてないの?」
「そもそもその発想がなかった」
ふーんと漏らしながら、夏美が鞄から折り畳み傘を取り出す。
「ずるいなぁ」
「あたしは鞄に入れっぱなしだから」
今度からそうするかという気持ちと、そもそも鞄すら持ってきてない時はどうしようと、二つの考えが頭を過る。
「ん」
開いた傘を夏美が手渡してくる。
「お、二本あるんだ」
「あるわけないじゃん」
——間抜けか俺は。
「じゃ、帰るか」
「……だね」
一つの傘を二つで分け合う。子供のころは何一つ恥ずかしくなかったことが。
今は、死ぬほど恥ずかしい。




