彼女の過去 高校二年、秋
『えぇ~ん久坂さぁん~! フラれちゃったぁ~っ!』
「えぇ……」
月城さんからの突然の電話は、突然の泣き言から始まった。
「前話してた、クラスの男子? その割には嘘泣きっぽいんだけど」
月城加奈。突如北高に現れた、天才スモールフォワード。一人で点を取り、一人で守り切る、冗談のような存在。
萩女子にとって悪夢そのものなのに、あたしは彼女と電話している。仲が深まるのに時間はかからなかった。真剣にスポーツに取り組んでいるという意味で、あたし達は同類だったから。
『あ、わかる?』
今日は珍しく、バスケ以外の話。それも、恋愛だ。
「月城さんのフェイントにはもう引っ掛かりませーん」
『じゃあ冬は戦術変えないとなーっ』
「にしても、月城さんをフるだなんて、とんでもない男だね」
もしあたしが男子だったら、二つ返事で付き合っていたあろう。美人で文武両道で、性格は……まぁこんな感じ。
『……見透かされてたのかも。覚悟がないって』
「覚悟?」
『んー……なんとなく付き合って、なんとなく別れる、みたいなのはお互いよくないよね。的な?』
「うわぁ、そいつ重すぎない?」
『でもちょっと納得しちゃった。陰がある感じだったから』
「他には、何か言ってた?」
『中学の時、女の子にひどいことしちゃんだってさ。それを忘れられない感じだなーっ』
「うわぁ最低じゃん。付き合わなくてよかったよ、そんなやつと」
自分で言って、自分に刺さる。
『でもさぁ、本当に最低な奴ってそういうの黙ってない?』
「そう、かもね」
あたしは言えるだろうか。自分の方から相手を傷つけたなんて。
『久坂さんは好きな人とか、気になる人いる?』
「うち女子校なんですけど」
『学内でも学外でも、どっちでもいいよ?』
そう言われて思い当たるのは、今も昔も一人だけ。
『あ、黙っちゃってさぁ。いるんだぁ』
「……まぁ、幼馴染、的な」
短い前髪をいじりながら、答える。
『へぇー……なになに、毎晩窓越しに会話する、的な?』
「そんなに家近くないって」
歩いて数分の距離だけども。
「……中学の時に、進路別になったから。高校入ってからは顔も見てないよ」
ほら、言えない。本当に最低な奴だから。
『えーもったいなくない?』
「あたしの高校生活はね、打倒月城加奈に捧げるってもう決めたの」
『うわー色気のない高校生活』
二人して笑いあう。単純な話、今のあたし達はオレンジ色のボールを奪い合う方がよほど楽しいのだ。
『そこまで言うならさぁ、月城さんなんて呼び方やめてよ。加奈って呼んで?』
「えぇ、敵チームなんだけど?」
『いいじゃん、私も名前で呼ぶから』
咳ばらいをひとつして、倒すべき相手の名前を呼ぶ。
「……冬は加奈に負けないから」
『私こそ、まだまだ夏美には負けませんけど?』
今度はちょっと恥ずかしくなる。お互い照れているのだろう、月城さんの——加奈の次の言葉までは、それなりの時間がかかった。
『私ね、夏美のおかげで……バスケ楽しいんだ』
「あたしもだよ、加奈」
今度はもっと恥ずかしくなってから。
『またね、夏美。おかげさまで、部活楽しいよ』
「ん、あたしも」
電話を切る。気がつくと近くに転がっているバスケットボールに手を伸ばしていた。
生まれて初めて、友達ができたような気がした。




