第十六話 二人の朝食
ピザトーストを齧る。美味しい、はず、なんだけど……今日は全然味がしない。
向かいに座る加奈はオムレツを一口食べると、目を丸くして驚いていた。
「空くん、本当に料理上手なんだね。このオムレツとか、お母さんのよりおいしいんだけど。いいなぁ毎日食べれて」
「さすがにオムレツは毎日作ってはくれないよ。三日に一回ぐらい」
朝は空も忙しいので、なかなか凝ったものは作ってくれない。ただ気が向いたりあたしが食べたいというと作ってくれる。
「そうなんだ。ちなみに上京してからずっと、私の朝ごはんシリアルとバナナだけなんだよね。温かい朝食なんて久しぶりに食べたなーっ。お風呂もユニットバスでね? 昨日なんて久々に足伸ばせちゃった」
「す、すいませんでした……」
思わず謝罪してしまう。あたしは恵まれているんだと実感する。
「一応言っておくけど、昨日はお風呂借りてすぐ寝たからね? 私も眠かったし、空くんも昨日の夜は部屋に引きこもってたから」
「そう、なんだ」
「言っておくけど、めちゃくちゃ気をつかったんだから。どうするのさ、夏美が寝てる部屋で、私が空くんを寝取ってたら」
「それ、は」
冷静に考えると、凄い状況だったことに気づく。空と加奈が一晩一緒にいて、その間はあたしは爆睡。一歩間違えたら脳が破壊されること間違いなしの状況だ。わざわざあたしの部屋で加奈が寝たのは、あたしを気遣ってくれてのことだったのだろう。
「言えばよかったじゃん。空くんとは幼馴染でしたって」
そこまでされておいて、答えないわけにはいかない。
「それは……加奈が空にフられたって言ったから。まだ好きだったら、ややこしくなりそうだなって」
「別に、もう好きじゃないよ」
「そうなの?」
そっか、そうだったんだ……。
「夏美、鏡見なよ。今すっごく嬉しそうな顔してる」
「え?」
思わず顔に手を当てる。普通の顔をしている、はずだ。
「そりゃまぁ高校の時はいいなって思ってたよ? けどあんなの見せつけられてさぁ、何かしようと思わないでしょ普通」
「あんなのって?」
「学食でイチャついてたじゃん」
「イチャついてない!」
イチャついてない、はず……。
「めんどくさぁー……えー私、こんなのに最後の大会負けたのぉ?」
加奈は天井を見上げて悪態をつく。と、ここで加奈は思い出してしまったらしい。
「あ、思い出した。中学の時に幼馴染と色々あって、それ以来会ってないって言ってたよね」
……なぜあたしが頑なに『空は幼馴染だ』と言わなかったのかを。
「……まぁ、言った、かも」
「だぁーから『幼馴染』って言わなかったのかぁ……そりゃあ同じ中学でしたって誤魔化すしかないよねぇ。結局その色々については教えてもらってないけど」
あーあ、と声を漏らす加奈。しかしすぐに別の興味が湧いたのか、ミルクティーを啜って尋ねて来た。
「やっぱり幼馴染って、小さいころに結婚の約束とかするの?」
「普通はどうなんだろうね」
恥ずかしくてはぐらかす。
「普通なんてどうでもいいよ、夏美と空くんについて聞いてるんだよ?」
だが通じない。ここはもう、白状するしかないのだろう。
「……しま、した」
「どっちから?」
「あたしから……」
下手をしなくとも、あたしの一番古い記憶はあれだ。
「ほぉーーーーーーーーーーーん……」
一体何が面白いのか、加奈はしつこくあたしの顔を覗き込んでくる。
「で、話戻すけどなんで同棲してるの? それぐらいはちゃんと教えてよ」
あたしも一息ついてから話し始める。
「あたしと空の母親が仲いいのは本当。このマンションはママが投資用に買ったんだけど、色々あって借り手がつかなさそうだったから、あたしが住むことになったの」
ちなみに投資用マンションは本人が住めないので、一旦買い上げたらしい。
「けどここを一人で住まわせるのはもったいなから、知り合いの赤崎大の新入生とルームシェアしてもらうって言われて……てっきりあたし、加奈のことだと思ってたんだからね?」
はぁ、とため息をつく加奈。
「うちのお母さんもよく応援来てたから、お互い面識あっても不思議じゃないけどさ……あれだけ入学前にやりとりしてたんだよ、ルームシェアの話あるならとっくにしてたと思わない?」
「今にして思えば……」
「ま、夏美浮かれてたもんね。大学でも存分にバスケできるって」
加奈に再びため息をつかれてしまう。呆れられても仕方ない。
「話を総合すると、二人は小さいころからずーっと一緒で結婚の約束もしてたけど」
「うん」
「中学の時に、色々あったと」
「まぁ」
「で、高校は別でお互い顔も合わせなかったけど……夏美のお母さんの策略で同棲することになったと」
「ルームシェアね」
「一緒でしょ」
あたし的には違うつもりだけど。
「付き合ってる訳じゃないんだよね?」
「そうだね」
何の確認なのよ。
「じゃあ、私が空くん狙ってもいい?」
「え」
——加奈が、空を?
いやでも、あたしはそうするのがいいんじゃないかと思っていた。
「やっぱり昨日、空くんと既成事実作っておいたらよかったかなぁ。夏美が寝てる隣の部屋で」
はず、なんだけども。
「ひっどい顔。鏡見てみなよ」
加奈があたしの顔を見てクスクスと笑う。
「昨日は夏美のせいで二次会行けなかったからね。そのお返し」
「意地悪」
「でもいい薬にはなったでしょ」
薬。部屋の隅にある姿見を横目で見る。苦々しい顔をした自分がいた。加奈にちょっと揺さぶられた程度でこの有様だ。
嫌でも自覚させられる。空への想いと、醜い独占欲を。
「お昼から練習あるし、私一旦帰るね」
「えっと、このことは」
「黙ってますよ、周りには。でもキャプテンにはお礼言いなよ?」
「うん、ありがと。ちゃんと言うね」
加奈が手を握ってくれた。少し冷たい加奈の手が、今はどうしようもなく暖かかった。
「夏美のいいところは、絶対に諦めないところ。駄目だからね、一番大切なものを諦めるなんて、夏美らしくないんだから」
「ありがと」
励ましの言葉が胸に届く。
「悪いところは、周りが見えなくなるところかな。選手としては致命的だよ?」
「はい……」
次の言葉は、もっと胸に突き刺さる。
「頼ってよね? 高校の時はライバルだったかもしれないけれど」
顔を上げる。加奈が笑っていた。高校時代に何度も泣かされ、一度だけ泣かしてやった。
「今は仲間なんだから」
あたしの大切な親友が、ちゃんと目の前にいてくれた。




