第十三話 女通り越してメス
席を立ちナンパ野郎と彼女達の間に入り、俺の女に何をするんだよ……などと言えるはずもなく。
「おーい、二人ともーっ! 遅いから先に食べてたぞーっ!」
声を張り上げ、二人に向かって大きく手を振る。周囲から視線が集まるが、今は我慢だ。
「あ、空くん! ごめんお待たせーっ!」
月城の顔が明るくなり、即興の言い訳に合わせてくれる。夏美はどこか不満そうに、こっちを睨んでいる。
さて、ここで誰がどこに座るかという問題が発生したのだが。
「夏美、空くんの隣に座りなよ」
「オレもそれがいいと思うぞ」
二人から華麗なアシストをされる。月城にはバレていたんだろうな、やっぱり。藤は……お前いつPCしまったんだ?
「まぁいいけど」
ため息をつきながら、夏美が俺の隣に座る。カレー、しかも大盛だ。
「……別に困ってなかったし。あれぐらい余裕で追い払えたから」
「はいはい、それでいいよ」
夏美の顔を見て、ああと藤が漏らす。
「この子が桜庭のお」
やべ、夏美の顔も覚えていたのか。そう思った瞬間には、机の下で脛を蹴っていた。
「いっ!」
「同じ中学の久坂夏美と、こっちが同じ高校の月城加奈さん」
藤に手を振る月城と、小さくどうもとだけ言う夏美。そして脛を抑える藤。すまん。
「こっちの彼は空くんのお友達?」
「親友の藤竜太です」
おい勝手に自分を格上げするな。
「ってことは……なるほどね、三人は地元一緒なんだ。どの辺?」
さすがの理解力を発揮する藤。
「新幹線で数時間ぐらいかな。私は親の転勤で高校からだから地元感ないけど」
「なるほどねぇ。ちなみに二人は何学部?」
藤は月城の話に頷いてから、当たり障りのない質問を投げかけた。
「私と夏美は教育学部で、部活も一緒なんだよね。そっちは?」
丁寧に受け答える月城と、無言で大盛りのカレーをばくばくと食べ始める夏美。ちなみに月城も大盛りのかつ丼を結構な速さで食べている。さすが運動部。
「「経済」」
「すご、二人とも息ぴったりじゃん。文系なら授業被ったりするのかな?」
「ああ、それなら——」
藤はノートPCを取り出し、月城に開いて見せる。履修関係でも見せているのだろう……ところで藤、いつPCのカバー外した?
「よかったじゃん、友達できて」
「そっちは大変そうだな、お友達になりたい奴が寄ってきて」
夏美が小声で話しかけてくるので、こっちも小声で返す。
「あ、ご飯粒ついてる」
「どっち?」
「そっちじゃないって」
俺が右側を触るも、取れない。夏美がティッシュを取り出し、左側を取ってくれる。
「加奈は可愛いからね。二人でいるとかなり声かけられるの。もう何回目か忘れちゃった」
「夏美も可愛いだろ」
どう考えても声をかけられる原因は月城だけじゃないだろうに。鏡見ろよ鏡を。
「……別に、空に言われても嬉しくないから」
「そりゃ失礼しました」
そっぽを向いて答える夏美と、肩を竦めて見せる俺。会話はそこで途切れて、無言でカレーを食べ続ける。
「そ、そうだ! せっかくだし連絡先交換しようよ」
一番早く食べ終わった月城が、ぱんと両手を叩いて提案する。
「私、空くんの連絡先知らなかったんだよね。みんなはSNSのアカウント持ってる?」
各々がスマホを取り出し、順番に連絡先を交換していった。
「夏美、空くんの連絡先は?」
「もう知ってる」
「ほぉーーーーーーーーん……」
何気なく答えた夏美を、月城が凄い目で見ている。美人が台無しである。
「じゃあ、そろそろ行こうか夏美。助けてくれてありがとね」
食事を終えた月城と夏美は自分達のトレイを持って、その場を後にした。小さくなる後姿を藤はしみじみと眺めていた。
「あんな美人と連絡先を交換できるなんてな。お前と親友でよかったわ」
「安い親友だな」
「で、なんで月城さんに隠し事してんの? 幼馴染って説明するの、そんなにマズいのか?」
「夏美がそうしたからなぁ」
おそらく俺との関係を月城に探られたくないのだろう。既に疑われている気はするが。
「ふーん……まぁお前らイチャついてる時に、月城さんめちゃくちゃ気にしてたけどな」
「イチャついてないぞ」
……イチャついてないよな?
「ん? なんで月城が気にしてたのを藤が知ってるんだよ。会話なんてなかっただろ」
「ん」
無言でPCの画面を向ける藤。写っているのはただのメモ帳で、中身はこうだ。
『この二人、私に隠し事してる気がするんだよね。ほら見てよ。距離感ヤバくない? うわほっぺの米粒取ったよ』
『見せつけてきますねこいつら』
『中学校同じだからってこうはならないよね普通、ってちょっと今空くん夏美に可愛いって言わなかった!?』
『言ったね……うお生ツンデレだ! すげぇ初めて見た!』
『うわぁ夏美の表情ヤバ……! 女通り越してメスじゃんこれ!』
なんか二人でPC弄ってると思ったらさぁ。
「な?」
「何実況してんだよ」
しかも滅茶苦茶楽しそうじゃないか、主に月城が。
「二人が幼馴染だってのは書かなかったからな」
「助かるよ」
「で、隠し事って? オレとしては、幼馴染以外の何かがある気がするんだけど」
「……ノーコメントで」
それはもう何かあったのと同義だと思ったが。
「ほうほう、それを追及しないでやるから」
藤の要求は初めから一つだったことを思い出し。
「……元祖アニメ研究会に入ればいいんだな?」
交換条件として、俺は全然興味のない元祖アニメ研究会に所属する羽目になった。
◇◇ ◇
「よし、一年集合!」
練習の後、キャプテンに呼ばれ体育館を走る。朝練して五限まで講義を受けて、その後また練習——正直言って、ハードだ。
けれど、その厳しさが心地よかった。大学でも本気でスポーツに打ち込みたいなんて人はそんなに多くない。ただバスケがしたいだけなら、緩いサークルに入ったらいい。わざわざ部活を選んだみんなは、必然的に真剣だ。
「インカレが近く、あまり構ってやれなくてすまない。だが今年はやる気に満ちた奴に溢れていて嬉しいぞ」
インカレ。四月の終わりごろから始まる、大学同士の大会だ。インターハイスクールならぬ、インターカレッジ。他の大学の生徒も入れるサークルをインカレサークルと呼んだりするので、ちょっとややこしい。
あたしも加奈も、インカレのメンバーには選ばれなかった。実力不足、でもそれがいい。それがわかるだけの環境に、あたしはいる。
あたしたちの焦点は五月の新人戦。あれだけ悔しい思いをさせられた加奈と一緒に戦える。それが嬉しい。
他のことに気を取られている場合じゃない——
「だが明日は」
——のだけれど。
「練習が終わったら、新人歓迎会だからな! 全員好きなだけ食えよ、財布は持って来なくていいからな!」
わぁっと歓声が上がる。息抜きは必要だよね、うん。
「未成年は、飲むなよ!」
最後にキャプテンが付け加える。だがその心配はしていない。なにせあたしは匂いだけで眠くなるぐらい、お酒に弱いのだから。




