第十二話 運命の出会い
——運命の出会いなんて、ないと思ってた。
なんとなくで選んだドイツ語の授業に出席するまでは。
「やっべ」
鞄を漁って、教科書を買い忘れていたことに気づく。
入学式から数日、慣れない生活にバタバタとしていた俺。教科書は一通り買ったと思っていたが、抜けがあったらしい。
今から生協にダッシュしたら、何とか間に……合わないだろうな。
だから必然的に誰かに見せてもらうほかないのだが、あいにくそんな知り合いはいない。
この数日で大学の人間関係は構築されつつあるらしい。
高校や予備校が一緒だとか、サークルの新歓コンパで顔を合わせたとか、入学前からSNSで相互だったとか。そういう類の会話が方々から聞こえてくる。
その輪に入って『ちょっと教科書見せてくれよ』と頼む。うん、無理だな。
となると、話しかけるべきなのは……俺と同じぼっち野郎だ。そして都合よく俺の隣には、机に突っ伏して寝ている男がいる。だらしなく伸びた髪に、ヨレヨレの黒いパーカー。体格は男子の平均ちょい上だろうか。
机の上に置かれたノートPCには、女児向けアニメのステッカーが大量に貼られている。少なくともリアルの友達百人いるタイプではない。ネットの友達は四桁ぐらいいそうだが。
「——あの、さぁ」
勇気を出して、彼の肩を軽く叩く。
「んが」
鼻から変な声を出すと、彼は特大の欠伸をしてみせた。
「起こしてくれたのか? ってもう三分前じゃん……助かったよ」
それから机の上に置いていたメガネをかけると、俺の顔を不思議そうに見つめて来た。
「知り合いだっけ?」
「じゃないはず」
「だよなぁ、オレの知り合いサークルの先輩だけだし。けど見覚えあるんだよなぁ」
眼鏡をかけた彼は、腕を組んでうんうんと唸り始める。
ちょっと待てよ、俺もこいつの顔をどこかで見た気が……
「「あ」」
俺達の声が重なる。そう、出会っていたんだ。
「入学式の看板の前で女とイチャついてた奴だ!」
「入学式の爆睡メガネだ……!」
そう、彼は俺と夏美のやり取りを目撃して……俺は『こいつはやめておくか』と思っていたのだ。ところでイチャコラしてなかったが?
「藤竜太だ。藤でいいよ」
律儀に自己紹介をされたので、こちらも言い訳を添えて返す。
「桜庭空。ああしないと仕送りが減らされるところだったんだ」
「何そのシチュ、斬新」
俺もそう思う。
「で、親切心で起こしてくれた感じ?」
「あー……実は教科書買い忘れてさ。ちょっと見せてくれないかなって」
「えっ」
なぜか藤という名の男は、自分の左胸を両手で押さえて。
「オレも買い忘れたんだけど……?」
全然嬉しくない運命の歯車が、がっちり噛み合ってしまったような気がした。
——ちなみに初日は教科書不要だった。
学部も二限も同じだった俺達は、必然的に昼食も一緒になった。四人掛けのテーブルを二人で使うのは気が引けたが、机に置かれた藤のPCを見るなり人が避けていくから仕方ない。
「いやー助かったよ。知り合い居なくて困ってたんだわ。四年間一人飯の覚悟もしてたしな」
「高校の時の知り合いとかは?」
二人でカレーを食べながらしょうもない話をする俺達。
「ウチはバカ高校だったからなー。オレも一浪して入ったぐらいだし」
「藤……さん?」
「やめれ距離感じるだろ。呼び捨てでいいよ、こっちもそうするし」
それから藤はPCを開き操作し始めた。オシャレでスタイリッシュなハイスペックPCなのだが、ステッカーが台無しにしている。
「しかし桜庭も勇気あるよな、よくこんな素敵なPC持ってるやつに話しかけるよ」
この男に自分を客観視できる能力があることに少し驚く。
「自分で言うなよ、それ直で貼ってんの?」
「いやカバー。気分で変えれるし、注意されても外せるしな」
社会性もあるらしい。こっちも驚きだ。
「その真ん中のやつ見てたわ」
「お、いける口?」
「俺がっていうか、幼馴染が好きで見てただけだよ」
「……は?」
「ん?」
俺なんか変なこと言ったか?
「何お前、幼馴染がいるの? しかも女の子だろ絶対」
「普通いるんじゃ……ないか?」
「いねぇよ殺すぞ」
ドスの利いた声が響く。もしかして藤さん元ヤンでしょうか?
「で、その子とはどうなったんだ?」
「高校が別で疎遠になって」
「よっしゃ天罰」
やめてくれ、自分でもちょっとそう思っているから。
「大学で再会したわ」
「はい死刑」
命が軽すぎる。
「ちょっと待てよ……じゃあ一緒に写真撮っていたのは」
「まぁ、そんな感じ」
「桜庭、突然だがオレはお前のことが嫌いだ。親友にはなれそうにない」
「儚い友情だったな」
「まぁでも、オレに利益をもたらすなら再構築してやってもいい」
「利益?」
藤がふふんと鼻を鳴らす。
「オレが入ったサークル、人数不足で部室取り上げられそうなんだよ。名前だけでもいいから入ってくれね? 休憩所として使っていいから」
「サークルなぁ」
どこかに入ろうかと思っていたが、この男と一緒かぁ。
「ちなみに無駄に歴史長いから過去問のストックは結構あるぞ」
「なんてサークル?」
ちょっと興味湧いて来たな。
「元祖アニメ研究会」
「元祖なんだ」
ちょっと興味薄まったな。
「なぁなぁいいだろ桜庭~っ。次は教科書見せるからさ~っ。てかSNSやってる? どこ住み?」
「教科書はさっき一緒に買っただろ」
雑なナンパみたいな台詞を吐く藤を片手であしらう。嫌だねぇこういう人。
「SNSのアカウント教えてよ、フォローするからさ。この辺のいい店知ってるから、今度飲みに行かない?」
とか考えていると、遠くから本物のナンパが聞こえて来た。嫌だねぇこういう人……は一緒だが、問題は嫌がる女性の声に覚えがあったことだ。
「あの、ちょっと本気でしつこいです」
「え、いいじゃん昼飯ぐらいさぁ。一緒に食べようよ~」
「あたし達、他の人と約束あるんで。どっか行ってくれませんか」
「へぇー誰と?」
夏美と月城が、ナンパ男たちに絡まれていた。二人共目立つからなと納得してしまう。
「うおガチのナンパじゃん……しかも両方めっちゃ美人。赤大女子レベルたけぇーっ」
藤も素直な感想を漏らす。さて、こいつのプリティなPCをどけたら四人座れるわけだが。その前に確認しておくべきことが一つある。
「藤、隣に座ってくれるならどっちがいい?」
「断然清楚なロングの方」
「よし」
危なかった。もしショートの方と答えていたら、まずお前をどかす必要があったからな。
「任せとけ」
「何をだよ」




