第十一話 ひどい目
入学室の翌日、朝練に参加したあたしは加奈に気になったことを尋ねてみた。
「加奈は、空のこと……どう思ってる?」
「え?」
ブラウスを脱ぎ終わった加奈はきょとんとした顔を浮かべてから、早瀬キャプテンに声をかけた。
「キャプテーン、夏美の練習メニュー倍に増やしてくださーい」
「ん? いいぞ?」
加奈の無茶苦茶な提案に、キャプテンも笑顔で答える。キャプテンは大事なインカレ前でも新入生の面倒を見てくれる、頼れる先輩だ。
「ちょ、どう思ってるか聞いただけじゃん」
「いやもう、その態度が若干腹立たしいというか……」
なぜか加奈に呆れ顔をされてしまう。聞いただけでこの仕打ち、なんで?
「おっ、恋愛の話か?」
「ち、違います! いや違わないか……」
あたしとしては、加奈にその気があるなら空といい仲になって……欲しい訳ではないけれども。少なくともあたしと空がどうにかなるよりは、よほどいいんじゃないか、というか。
「見てくださいよこの顔、倍が妥当ですよね?」
「三倍でいいかもしれない」
「無理ですよそんなの!?」
というかどんな顔してたのよ、あたし。
「ま、恋愛は個人の自由だしな。大学生だし、興味があって当然だ。だが」
キャプテンがため息をつく。
「みんな彼氏できるとそっち優先するんだよなぁー……結構ガチめのうちでさえ」
「あたしは部活優先です」
素直な気持ちを答えるが、なぜかキャプテンがへらっとした笑顔を浮かべて指さしてきた。
「……こういう奴がデートで練習サボったりするんだぞ。覚えとけよ」
「あーめっちゃわかりますぅー」
加奈にもなぜか同意する。そんなことない、と言いたい。
「ちなみに、二人はもし付き合うならどんな男がいいんだ?」
バッシュの紐を縛りながら、キャプテンがそんな雑談を振って来た。
「そうですねぇ……私は私がちゃんと好きになれるなら誰でもいい、かも?」
なるほど、加奈は特定のタイプがあるわけじゃない、と。
「月城はモテそうなのに、結構範囲広いんだな」
「見た目を理由に声かけられること多いですから。むしろ判定は他の人よりシビアかもしれませんね」
加奈の言葉に納得する。はっきり言って加奈は見た目がよく、二人で歩いてたら結構な頻度で声をかけられる。そして大学に入ってから、その頻度はもっと増えている。
「まぁでも、明らかに他の女が好きな男は対象外ですけどねーっ」
「それはそうでしょ」
当たり前のことにあたしも納得する。だがなぜか加奈からため息をつかれる。何で、あたし何かした?
「で、久坂は?」
正直、こういう話題は得意じゃない。理由はまぁ……ね。
「……仮定の話でいいんですよね」
「ああ、夢は自由だからな」
自由、と言われて気が楽になる。それから咳払いをして、『もしも』について話し始めた。
「じゃあ……まずはちゃんと部活のことを理解してくれる」
「「なるほど」」
これは絶対条件だよね。
「料理上手で、あたしの好物作ってくれる」
「「あー」」
これもいる。運動してると結構食べるしね。牛乳もちゃんと買ってきてくれる。骨と栄養の問題は女性アスリートと切っても切れない関係なのだから。
「あと優しい。さりげなく車道側歩いてくれたり、荷物の重い方を持ってくれたり」
「「うんうんうん」」
あとこれも。まぁ誰かさんは常にやってくれているけど。
「他にもあたしの意見を尊重してくれるっていうか……」
「「うんうん」」
これも欠かせない。
「喋っていて楽しいのも大事かなー。あ、あと頭がいいと嬉しいかも」
「「うん」」
勉強とかわかんないところ教えてくれたり?
「それと旅行先とかでね? あたしの行きたいところ把握してくれてたり!」
「「んー……」」
あれは嬉しかったね、うん。
「それと両親と上手くやってくれたら嬉しいかなー。ママ、その辺で苦労したみたいだから」
「「……」」
ママはあんな感じだけど、早くに亡くなった父方の祖母とは色々あったらしい。だからあたしの実家と仲良くできる人の方がいいよね。空は……顔パスだ。
「見た目はそうですね、背はあたしより高くて、シンプルなワイシャツとか似合うといいかな……グレーとか?」
空はあの時のシャツを気に入ってくれたようで、結構な頻度で着てくれている。やっぱりあの時白も買っておいたらよかったかな……。
「久坂」
「な、なんですかキャプテン」
キャプテンは諦めたような顔をしてから、あたしの肩を叩いてきた。
「お前、少女漫画読むの辞めろ」
「読んでませんけど!?」
バトル物の方が好きですけど!?
「夢は自由と言ったが限度はある。いるわけないだろ、そんなスパダリ」
「ところがですよ!」
「ところがだと!?」
勢いよく割り込む加奈と、勢いよく返すキャプテン。練習の成果か息ぴったり。
「まさか、こんな、こんなモテない女の妄想ハッピーセットみたいな都合のいい男が……」
あれ、これあたしめちゃくちゃ馬鹿にされてる? それとも空が褒められてる?
いや、違う違う。これはもしもの話なので。空は関係ないので。
「実在、するのか?」
石のように固まるキャプテンに、加奈が耳打ちをしていた。
「ねぇ何の内緒話?」
「よしわかった」
結局加奈が何について話したのか、わからずじまいだったが。
「久坂、練習十倍な」
その日のあたしの朝練は、その後のことなんて気にしないぐらいハードなものになってしまった。
つまり。
『多分夏美がひどい目に遭うんじゃないか?』
不本意ながら、あいつの言葉通りになってしまった。
——なんで?




