彼の過去 高校二年生、秋
「空くん!」
「月城?」
夕方、ホームセンターまでの道を歩いていると後ろから声をかけられた。振り返れると月城がいた。
「もう、買い出し行くなら声かけてよ」
「一人で持てるかなって」
走ったのだろう、息を切らしている。
「私も実行委員なんだからね?」
「そうだね、ごめん。一人で決めるべきじゃなかった」
「わかればよろしい」
謝罪をしたら、月城は鼻を鳴らす。
「文化祭、楽しみだね」
「……だね」
嘘をつく。別に楽しみではない、というのが本心だ。それよりも遠くの大学に受かるぐらいの学力が欲しかった。実行委員に立候補したのは、自分なら効率よくできると思ったからだ。
実際、できている。
「今年はクラスの仲が結構いいからさ、去年よりも楽しみなんだ」
「そうなんだ」
「そうだよー? 女子なんてもう打ち上げのカラオケまで予約してるんだから」
「凄いね」
どうでもいい。
「空くんも……来る? 男子も呼ぶって言ってたし」
「んー……やめとく」
そうするべきだとわかっているから、悩むふりだけはしてみせる。けれど、楽しむ気にはなれない。
「だと思った。みんな浮かれちゃってさ。文化祭で付き合う人も出るんだろうな」
「だろうね」
本当に興味がない。誰と誰が付き合ったとか。
「空くんは……恋愛方面、興味なし?」
月城が前に立つ。彼女の容姿について男子達が噂をしているのは知っていた。教室の隅に居ても噂が届くぐらいの美人なのだろう。
——俺には、よくわからない。
「——私とかどう? 自分では悪くないと思ってるんだけど。顔もスタイルもさ」
「月城」
彼女の物言いが、嫌になった。
「う、うん」
「冗談でも、そういうこと言ったら駄目だよ」
「う、うん……」
次に、自分の態度が嫌になる。何様だ、俺は? 月城は何も悪くないだろう。
「月城の何かが悪いって訳じゃなくて」
目を合わせずに答える。会話じゃない、ただの懺悔だ。
「俺、中学の時……凄い好きな子がいてさ。後になって、ひどいことしたって気づいたんだ。今でもそれを後悔してる」
あの時、どうしてあんなことをしてしまったのかと。どうして夏美は、俺から離れたのだろう。
「だからさ、駄目だよ。軽々しく自分を差し出すようなことを言ったら」
わからないんだ。何もかもが。その機会すら俺にはない。
「……その子のこと、今でも好き?」
「まだ整理ついてない」
考えれば考えるほど嫌になる。あの時の自分が、あの日のことを何度も何度も思い出して、性欲のはけ口にする自分が。絶望と快楽が記憶にこびりついて、何をしたって消えてくれない。
「ま、そうだよね。私も恋愛に勤しむ暇はないしなーっ。バスケ部のキャプテンになったし、そっち頑張らないとなーっ」
そんな中で、バスケ部、という単語だけがはっきり聞こえた。
「そっか、月城ってバスケ部なんだ」
去年はボールすら見るのも嫌だったのに、今は……少しはマシになってくれていたみたいだ。
「そうだよ? それも知らなかった?」
「ごめん」
月城に頭を下げる。
「んー……許す」
顔を上げる。その時初めて、月城の顔を見た。確かに、噂になるぐらいの美人だ。
「許されたついでに、ひとつだけ教えて欲しいんだけど」
「何でもどうぞ」
図々しいなと自分で思う。けれど、どうしても聞きたかった。
「萩女子ってさ、バスケ強い?」
夏美は、元気なのかなって。
「めっちゃ強いよ? なんてったって、私のライバルがいるからね」
「そっか」
それなら。
「……そっか」
あいつは、ちゃんと頑張ってるんだ。
——それがただ、嬉しかった。




