第十話 知らない三年間
「……別人? どの辺りが?」
思わず聞いてしまう。さっきまで喋っていたのは、どこからどう見てもあたしの知っている空だったから。
「あんなに冗談言わない」
「そう?」
結構言うよあいつ。
「女子に『話せて良かったわ』とか言わない」
「そう?」
「そう!」
食い気味で身を乗り出す加奈。どうやらあたし達は空に対する認識が大きく違うらしい。
「……つまり?」
「高校の時の空くん、もっとクールだった」
「クールゥ? あれがぁ?」
いやあいつにクールキャラは無理でしょ。
「だから驚いてるの」
こっちだって驚いている。あいつは物腰が柔らかいタイプだと思っていたから。店員さんに小さく頭を下げるタイプだ。
「気になる? 高校の時の彼」
「……別人扱いされたら、少しはね」
本当はかなり。
「休み時間になると、ずーっと窓の外見てたっけ。教室なんてつまんないーって顔で」
そんな感じだったんだ、あいつ。
「人付き合いもそんなに良くなかったなー。けど態度がね、他の男子と違ってガツガツしてない感じがして」
それは、その……あたしのせいかも。
「あとこう、何でも手際よくこなすっていうか……全体的に大人? それで女子から密かに人気があったんだよね」
手際がいいのはわかるけども、どっちかというと子供っぽくない?
「そう、なんだ」
「全然ピンと来てないでしょ」
「まぁ」
「夏美さぁ、なんか変なフィルターかかってない?」
加奈は残り少なくなった飲み物を一口啜る。フィルター、という言葉にどきりとする。あたしにとって男子というのは、そのままイコール空のことなのだから。
この俳優は空よりかっこいいか。この男子は空より優しいか。慣れ過ぎて、物差しになっている。
「背は高めで、顔はクラスで上から三番目ぐらい。物憂げに窓の外を眺めているんだもん、女子がこっそり噂すると思わない?」
冷静に言われると……うん、ミーハーな女性は騒ぐだろう。
「ところで夏美、覚えてる? 高校の時、物静かなクラスの男子をいいなって思った話」
「覚えてるよ、もちろん」
「それで同じ文化祭実行委員会になったから、ちょっとアプローチしてみよかなって」
「二年の秋だったよね」
珍しく加奈から浮かれた話が来たのを覚えている。だが結果は。
「あの時の相手が空くん」
「……あの時のかぁ」
加奈がフラれたと聞いて、物凄く驚いたのを今でも覚えている。こんな美人を振るような男がいるなんて、想像できなかったから。
……というか高校の時より綺麗になっている。艶のある黒髪に、モデルみたいなスタイルの良さ。おまけに顔はテレビでアイドルを見ても『加奈のほうが可愛いじゃん』って思えるぐらいだ。文化祭にミスコンがあるなら、余裕で四連覇できるだろう。
「詳細は秘密。けれどよくよく考えたら、私がアプローチしたの全く気付いてなかったんだろうなって」
言ってたね、先程本人が。
「あー……」
と、ここで加奈が天井を仰ぐ。うめき声を漏らしながら。
「うっわ、完全に答え合わせじゃん……」
「何の話?」
全然話が見えてこないんですけど。
「私ね、一度だけ空くんが笑ったの見たことあるの」
「いつ?」
「教えなーい」
笑顔で加奈が答える。ちなみに加奈は満面の笑みで圧を放つことができる。能力バトルものだったら多分ママと同じ系統だ。
「ねぇ夏美、明日の練習……覚悟してよね。キャプテンに練習量増やしてもらうから」
「ちょ、なんでそうなるの!?」
今でもかなりハードなんだけど?
「何でも♡」
笑顔の加奈には誰も勝てない。空はこれを真正面から向けられて、よくも袖にできたものだ。
その理由が、あたしなら——駄目だ、こんな考え、やめないと。
何が『大学で素敵な彼女できるといいね』だ。もしそうなったら、一晩中泣くくせに。
加奈は……まだ空のこと、『いいな』って思ってるのかな。
◆◆ ◆
「加奈になんて告白されたの?」
夕食後、二人で食器を片付けていると夏美が話題を切り出してきた。いよいよ来たかと思ったが、回答は特に変わらない。
「本当に覚えてない……ていうか月城に聞けよ」
「聞いたけど答えてくれなかった」
「だったら尚更俺が答える訳にいかないだろ」
皿の油汚れを水で流し、スポンジで軽く擦る。もっとも覚えていないので、答えようはないのだが。
「加奈から女子人気あったって聞いたけど、他にも誰かから告白されたの?」
「えぇー…………?」
が、夏美の発言のせいで手が止まってしまう。
「どういう反応? それ」
「そもそも女子と接点無かったんだから、人気も何もないだろ。別の誰かと勘違いしてるんじゃないか?」
やはり記憶を操作されてるんじゃないか? 俺か月城か、はたまた両方か。
「加奈も別人みたいって言ってたけど」
「んー……そっちは自覚あるかも」
「そうなんだ」
心当たりがある話題になったので、遠慮なく手を動かす。
「高校の時、特に誰とも関わらなかったから。ぼっちとか陰キャとか、そういうの」
茶碗についた米粒を指で取りながら、気づく。月城の視点だと、高校の時に陰キャだった奴が大学で夏美とぎゃあぎゃあ騒いでいたのだ。
「あー」
月城は勘が悪くないから、俺が夏美に抱く感情なんてバレバレだったろうさ。
「何?」
「いや別に?」
夏美が少し暗い顔をする。あたしのせいだとでも悩み始めたのだろう。
そうだよ、あいつ何してるかなって考えながらずっと窓の外を眺めてたよ、なんて言えるはずもなく。
「頑張って勉強してたってこと。おかげでいい大学に入れたしな」
形はどうあれ、再会できた。また何気ない話をしている。これ以上は贅沢だ。
「夏美は? 高校楽しかった?」
「今日話した通り、バスケ漬けの三年だったかな」
「へぇー、女子から人気あった?」
「バレンタインの時、結構チョコとかもらった、かも」
冗談で尋ねてみたところ、困ったような返事が来る。想像はできる。
「ベリーショートは見てみたかったな」
「ちょっとお」
肘で小突いてから、俺が洗い終わった皿を食器棚に戻し始めた。
「……楽しそうでよかったよ」
「ん」
背中合わせのまま、食器を片し続ける。
「……空はさ、加奈のことどう思う?」
「バスケ上手かったんだなーって」
しかも学業と両立したのだから、相当立派だ。しかも特待生。ギリギリで合格した俺とは違う。
「そうじゃなくて、異性としてどうかなって」
「美人だと思うよ」
大学でも噂になるだろうな。
「じゃあ、付き合ったりしたい?」
ため息が出る。こいつ、俺を遠ざけたいがために月城とくっつけようとしてるだろ。何が『素敵な彼女ができるといいね』だ。格好つけやがって。
「……明日、似たようなこと月城に聞く気だろ」
「えっ」
顔を見なくてもわかる。バレバレだ。
「まぁ好きにしたらいいんじゃないか? けど」
もっとも俺の夏美への態度は、月城にもバレバレだったので。
「夏美がひどい目に遭うだろうな」
ちょっとぐらい痛い目に遭ったらいいんだ。人の気持ちを知ってるくせにさ。




