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第八話 再会は突然に

『新入生の皆さま、入学おめでとうございます。本学では——』


 偉い人の話を、欠伸交じりで聞き流す。長い受験戦争の末に辿り着いた入学式だったが、履修登録やらオリエンテーションやら今の忙しさで感慨は消え失せていた。


 合格通知をもらった時はあまりの嬉しさに飛び跳ねたが、今となっては『早く終わらねぇかな偉い人の話。朝飯食いそびれたんだけど』というフェーズに入っていた。落差がひどい。


 背もたれに体を預け、周囲を見回してみる。夏美の姿は見当たらない。そもそも教育学部がどこに座っているかなんて、俺が把握しているはずもない。


 あれから夏美とは、上手く……いや、器用にやっているんだと思う。向こうも本格的に部活が始まったのか、そもそも家にいる時間が減った。


 会話はする。履修登録のやり方を共有したり、買ってきて欲しい日用品をメッセで送ったり、互いの家事に感謝したり。


 あいつの言った『たまたまルームシェアすることになった、地元が一緒なだけの友達』としては、最高に上手く行ってるんだと思う。


 夏美が引いた一線は、初日に決めたどのルールよりも強固に守られていた。


『それでは、本学で実りのある学生生活を送れることを願っています』


 拍手が聞こえてきて、俺もそれに合わせる。


『大学生活、お互い頑張ろうね』


 夏美の言葉を思い出す。そうするべきなんだと思って、隣の眼鏡の男を横目で眺める。声を掛けてみるか、と思うものの腕を組んで爆睡していた。


 ——こいつはやめておくか、うん。




 講堂を出ると、結構な数の親御さんも集まっていた。知らなかった、大学の入学式っていうのは保護者が顔を出すものなのか。


 ちなみにうちの両親は来ていない。仕事だ、そっちの方が気楽でいい。おばさんは……来てないだろうな、来てたら昨晩は家に突撃されていたはずだ。専業主婦ではあるが、地元のいいところの奥さんなだけあって忙しいからな。


 赤崎大学入学式と書かれた看板の前では、生徒たちが入れ替わりで写真を撮っていた。俺も中学の入学式までは夏美と並んで撮っていたが……卒業式は撮ってない。


 高校の時は、どうだっけ——志望校だったくせに、よく思い出せない。


「いたいた」


 夏美の声がして、振り返る。


「ママが写真撮って送れってさ」

「わかった、俺が夏美を撮ればいい?」


 地元の友達らしいやり取りをする。気安い相互扶助の精神だ。


「……二人で並んで撮れってさ」


 ……話変わって来たな。


「今更?」


 苦笑いで返すと、夏美はそっぽを向いてから理由を教えてくれた。


「しょうがないじゃん、一緒に写ってないと仕送り減らすって言うんだから」

「うわぁ強硬手段」

「だから協力してよね」

「ピースとかする? 小顔のやつ」

「やらんでいい」

「じゃあ指だけ映るか」

「何の匂わせ写真よ」


 夏美と並んで看板の前で自撮り、というかツーショット写真? を撮ろうとする。だが上手く収まらない。あんな話をしておいて、こんなやり取りの楽しさが手放せない。


「もっと寄ってよ」

「お、おう」


 知らなかった。よく見る男女が並んで自撮りしている、という構図はかなり密着していないと撮影できないらしい。


「もうちょいこっち!」

「やってるって」


 だがこう、肩と肩がぶつかるというか、肩が重なるぐらいってのは結構恥ずかしいものがある。


「うわぁ、カップルがイチャついてるじゃん。春だねぇ~っ」


 看板の前を素通りする男から、至極真っ当な意見が聞こえて来た。傍から見たらそう見えるのは間違いない。俺達はそれを理解しているので、恥ずかしいんだか苦笑いしているんだかわからないまま記念写真を撮影した。

 

 パシャパシャパシャ。三枚ぐらいシャッターを切ってから、夏美が俺を押しのける。


「……協力どうも。空もこの写真いる?」

「あー……一応? もらっておく、かな。母さんに送ったほうがいいだろうし」

「た、たまたまって言っといてよ。余計な勘違いされそうじゃん」

「そ、そうだな」


 別に母さんに送る気はないが、もらっておいた方がいい気がしたので請求する。どこか互いにぎこちないやり取り。だけど久しぶりに、夏美と会話らしい会話をしたような気がした。


「なーつみ!」


 なんてやり取りをしていると、誰かが夏美に抱きついた。スーツ姿の女子だ、同じ新入生だろうか。


「ちょ、加奈くすぐったいって!」

「いや本当、髪伸びたねぇ。高校時代はベリーショートだったのに」

「もー触んないでって」

「いいシャンプー使っちゃってこのこの~っ。そんなに彼氏が欲しいのか~?」


 女子らしい会話に、思わず身がたじろぐ。ていうか高校時代ベリーショートだったんだ、知らなかったな。


 ということは、この子は夏美の高校時代の知り合いか?


「え、待って」

「どうしたの加奈」


 加奈。よくある名前だが、目の前の長髪の美人には、よく似合ってるような……。


「空くん?」


 懐かしい呼び方に驚く。加奈って、もしかして俺の元クラスメイトだった。


「月城?」


 ああ、覚えてる。一、二年生の時にクラスが一緒で、二年の時は同じ文化祭実行委員だった月城加奈だ。美人で男子から人気があったんだよな。


「え、空と加奈って知り合い? あそっか、高校一緒、だったもんね……」


 夏美が驚き、そこで思い出す。月城も確かバスケ部だったよなと。


「知り合いも何も、夏美には言わなかったっけ? 空くんはね」


 月城が俺の背中をぱんと叩く。


「二年の時、あたしをフッた男子だよ」

「「えっ」」


 ——ちょっと待って本気で記憶にないんだけど?

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